ほんとうの、真の、「私」みたいなものとは、

(「みたいなもの」でしかない。だって“ヤツ”には、私とか私以外の他、とかっていう、区別の意識みたいなものも無いんだから。)

思考でもない

感情でもない

心や気持ちでもない

今これを書いているこの意識、「この」考えている私でもない。

“ヤツ”は、この、意識の、今これを考えて手を動かして意思を持って書いている私のことを、この思考を、奥から、ひとつ離れた場所から、眺めている。この意識の私とは違うところで、一歩斜め上みたいなところから、ちょっと奥から、眺めている。

ヤツと生きていこう

ヤツを相棒に

相談しながら

ときに歯向かいながら

それでもヤツは眺めていてくれる

この意識の私が成長するのを

少し上から 待っていてくれる。

ヤツがハイアーセルフ。

相棒であり、私であり、

チームメイトであり

分身であり

この私の意識よりも、もうひとつ上のところで

斜め上というか斜め前というか

そこで 助けてくれている

愛しい先輩。



こんなことを意識したのは


全てが幻だと知ったから。


私から見た周りも、出来事も、全ては私が自ら、成長のために反映させて出して見せているホログラム。でも、そんな私自身でさえ、他の誰かから見たら、幻。近くの、隣にいる誰かの魂が、自分の成長のために、私という幻を使って、何かを、その人に必要な情報役を、演じさせている、というか、勝手に演じているように見ている。私は別に何もしていない。操られて思いもしない行動をしているわけでは決してない。相手が勝手に、私に役をつけて、そのような情報として見ているだけ。そしてこれは、皆がお互いに、幻をし合っている、幻と役柄で在り合っている、ということだ。

面白い。

森羅万象。

実に、実に、巧く出来ている!

宇宙って、ほんとうに素晴らしくて美しい!!