自然に回帰。

基本に回帰。

簡単なことだった。

シンプル・イズ・ベスト、じゃんね。


(意味なくファルコン↑これかわいい💟)


タイトル  いろいろ変遷させたけど

これだよ、基本だけでいい。

前のやつ
『ミディアムシップ・リエラ弘子のブログ~アニミズムと“かわいい”で世界は愛であることに気づき、幸せに生きる。』

間違っちゃいないし、めちゃ的確ではあるけど

ごちゃごちゃしてばかみたい。(笑)

違うと思ったらすぐ変える。

固執する必要なんてない。

商売、集客、ブログ、戦略

私にはどうでもいいんだ

そんなことを言える環境に、ほんとうに感謝している。

食べるために生きているのではない
生きるために食べているのだと
誰かが言ったけれど

ほんとうに生活が脅かされたときにも、そう言っていられるかは、体験した人にしかわからないことだろう。

この世は、死ぬほどリアルな幻。

幻にちがいないんだけど

そう言っちゃ真剣に体験できないから

とても幻とは思えないほど、リアルに痛くて辛くて悔しくて悲しくてひもじかったりするように、なってる。これは幻だと、見破って冷静で居られるように、そこまで強くなりたいものだと、いつも思う。

今朝、バシャールが教えてくれた。

「“自分は本当は自由な魂なのに、狭苦しい肉体に閉じ込められている”と考えている人が多いけれど、肉体というのは檻ではなく、魂がこの世で仮の宿として宿るための大切な“神殿”なのだ」と。

たとえ苦痛だとしても、神殿に起こる現象なら、敬虔に受け止め、対処すべきはし、大切に扱っていこうと思う。

話が飛ぶようだが、

「シンプル」について書きたかったことなので、シンプル繋がりで続きを書かせて頂きたい。

今日は、とても天気が佳く気分が佳かったので
気持ちと足の赴くまま、水辺へ長距離散歩。
川の流れがきれいだった


私は車の運転が大好きだが

いつも通る道々の全体の地理と川の位置から

今日は地形と、川の位置、水の流れ(傾斜)に沿って、地図で繋がりをて確かめながら、足で地道に歩いてみた。

かなりの距離だったが、歩けてしまった。結構信じられない。明日動けなくならないといいけど(笑)。

写っていないだろうか?

鳥が遊んでいた。

遊んでいたのかわからないが(笑)、本当は必死で餌を探していたのかもしれないが、のんびり泳いだり、モシモシと毛繕いしたり、水に潜ってみたりして、天気と気分のせいかもしれないけれど、私には気楽な感じに見えた。可愛かった。

鳥も  魚も  野の花も

あんなに小さな体で

野生に生きている。

よく生きているなと、たくましいなと思う。


ちょっと寒いからって私なんか

手袋にダウンのコートに

断熱材の入った家では暖房やら冷房やら

加湿機だ除湿機だ空気清浄機だ

弱いよな、と思う。

ずいぶん自然から離れてしまっているのだなと思う。

雨、太陽、風、

その辺にある食べられるもの

身を隠す草や木立や水の中や岩影

木の皮、木の実、土の中や川面や川辺の岩の下の虫、小さな魚、草

時には人間の拵えた建造物や生産物を上手に拝借し

そういうものを駆使して

自然の中に、動物達や鳥達や魚達、虫達が、野生で生きている。

あんなに小さな体で

よく生き延びている。

卵やなんかから小っちゃく生まれて

たくさんの試練を経て少し減っても、生き延びた子達がたくましく大人になって、また子孫を残す。

食べて、毎日生きて、何にも文句言わず、工夫して、何にも難しいこと考えて悩んだりとかしないで、日々過ごし、そして時が来たら死んで行く。

何か偉大なことをするわけでもないけれど

彼らは自然、この地球、宇宙の片隅を、運営している。

ただ生きて、それが運営になっている。  


人間だけだ

難しいこと考えて、下らないこと考えて作り出しては、恐れ、悩み、欲をかいて、余計なものたくさん作り出しては捨てて、溶けることのないゴミを産出して自然界に捨てて汚すのは。


大自然ではない

アフリカやハワイやアマゾンやシャスタでもない

その辺のしがない郊外の川縁だった。

それでも、鳥も魚もいて、水のせせらぎは美しくて、川辺の草むらにはゴミが落ちていた。


悲しかったけど、淡々ともしていた。


これが世界なんだ。

私のいる今ここの世界なんだ。

日本の片隅なんだ。

いろいろあるけど

みんないて

鳥がいて  魚がいて  おばちゃんが自転車漕いでて

太陽が温かくて

戦争は無くて

お昼にトラックの運転手さんがお弁当食べてて

私は息を吸えて

平和だった。


呪文でも、夢を叶えるための魔法の言葉でもなく、自然に、心から、ある言葉が湧いた。

ごめんなさい
許してください
ありがとう
愛しています


ホ・オポノポノだ。

これは呪文でも
夢を叶えるための魔法の言葉でも
何でもない。

心から愛したとき

自然に世界に発せられる

音魂なんだと

心から思った。


それでも人は忘れるから
時々、おまじないの言葉としてでいいから
癒しのマントラとしてでいいから
愛を思い出すための鍵の言葉としてでいいから
唱えると良いと思う。ホ・オポノポノ

ごめんなさい
許してください
ありがとう
愛しています


オマケの画像
『ネバー・エンディング・ストーリー』
DVDやっと見つけた!
ファルコーン!
これかわいい💟