この記事を書いた最後に、タイトルを考えていて…

「子はさんがいの首かせ」

という言葉がフッと思い出されました。

どういう意味だっけ?と、辞書で調べたら

「さんがい」は「三界」で、

こんな意味だと書いてありました。

「(仏教的世界観で)人間初めすべての生き物が、過去・現在・未来に渡って次々に生まれ変わるという境遇」「広義では、世界中や、生きている限りのこの世、を指す」と。

で、「子は三界の首かせ」とは、「子供というものは生きている限りついて回るものだ」という意味らしいです。(←そうかしらねぇ??(・_・)キョトン)



実は、上の記事の、外国の方にばったり遭遇した時の直前まで、ずっと私の考えていたのは、

この世とあの世の境について、とか

この世って何だろう、

なんで生きてるんだろう、

この世にとどまっている間にするべきこと、
この世に居る意味って、
何だろう?

そんなようなことだったのでした。

(フツーにいつもこんなこと考えてます。私、“骨の髄までミディアム”なのでww)

(言葉の綾ですが、↑こういう使い方すると、どうも焼き加減のウェルダン、ミディアム、に聞こえてしまいますねw ちがいますよ!「ミディアム」とは焼き加減ではなく、「霊媒」のことです! いらんことを言いました…(´ω`)


違う意味で、意外な方向から、

「サンガイ」という音が、印象的に耳に入って来たことで、強調されました。

印象的な出来事に遭遇し、上の記事を書かなければ、

私は辞書で「三界」という言葉を引いてみることも知ることもありませんでした。

私をいつも見守って下さっている、精霊達や天使達や、何か高次の存在が、

あの、外国の方の口を借りて、私に意識させたこと。

“人間初めすべての生き物が、過去・現在・未来に渡って次々に生まれ変わるという境遇”

みんな一緒なんだよと

あの世もこの世も、

人間界も動植物界も鉱物界もアストラル界も、

時空を越えて、ぜーんぶ、

繋がっているんだよと

あらためて、強調して来てくれたようです。

そして、あらためてはっきりと、
私の中で言葉になりました。💘天使

世界が、人ではない物たちが、語っていることというのは、

彼らの言葉として、実体として、答え、正解として、それが「彼らのもの」「正解」として、先に在るのではなく

その正解が、最初に既に有るのを、私があとから読み取るとか、当てるとか、そういうことではなく

世界や彼らを通して、

彼らの声に反映させて、

自分を観ているのだということ

だから、「世界を音で観ることで何とでも話す方法をお伝えするお茶会」では、

けっして、

出来るとか出来ないとか、
出来の良い生徒だとか落ちこぼれだとか、

そういう概念は、全くあり得ないのです!

自分を認めるかどうか

自分自身を受け入れるかどうかだけのはなしなのです。

同じものを観ても、

その子(物)から受け取る、聞き取る、感じ取る声は、人によって、違います。

違って当たり前で、それでよいのです。

そして、

誰の受け取った声が正解で、誰の聞き取った声が間違いだなんてことは、無いのです。

シンクロ、同調して、似たようなものになることはありますが、その中でも、ユニークな声を拾う人もあります。一人だけ変なのでも、間違っているのでもありません。その全部が、アリなのです。

もちろん、何も聞こえない、「感じられない」と感じる((笑)←でも全くその通りです)という人もいます。

が、それは自分を信じていないから、あるいは、考えすぎるからで、それはそれでよいのです。劣っているわけでも駄目な人なわけでもありません。ご本人は悔しかったり残念に思うかも知れませんが。

(追記補足:その子(物)が今、“何も言っていない”、“黙っている”のを感じ取った、という場合ももちろんあります。)

聞こえる必要がない、観える必要がないのです。混乱するからか、単に今必要無いのか、何か私達には計り知れない理由があるのです。

「起こることは全てベスト」とはよく言ったもので、聞こえないというのは、聞こえないほうが何か都合が良いことがあるのです。

それでよいのでして、それを受け入れましょう。本人は今は残念かもしれませんが、別に落ちこぼれな分けでも、人として何かが悪いわけでも劣っているわけでもありません。

これは慰めやフォローなんかではありません。

そんなことを私がする必要もありませんしね!!(笑)(いやほんとに。何故って、誰にも残念なことでも不幸なことでも何でもないからです。必要ないことは起こらないだけ、受け取らないことは受け取らないだけ。それだけです。いつかわかります。)


何でもエネルギーで出来ているのは、それはそのとおりですが、

エネルギーがそこに共鳴して感じられるだけなのです。

エネルギーなんて、感じるだけ。

実体として、有るわけではないのです。

便宜上、私達にはそう感じられるというか、そう説明したほうが捉えやすいから、回転しているだのスピードだのと表現はしていますが、実際に絶対的な実体として存在しているわけではないのです。物質界に生きる私達が、物質として捉えた上で「有る」と感じているだけです。感覚器官の反応に過ぎないのです。

お金もそうです

何だってそうなのです。

実体なんか無いのです。


これをうまく分かりやすく言葉にして説明できなかったことを、最近「違和感」として感じていたのです。


「あらゆるものから自由になり解放される」ことをはっきりと望み始められたことで、意図できたことで、

違和感を抜け出せました。


長くなりました。今夜はこの辺で。


これからどんどん、感じたままに解放して書いて行きます。

超意味わからなくなるかも知れませんが、

共感するところだけ感じて頂ければ。

あとは軽く流してください。

私はただ自由に自分を表現するだけです。

人を啓蒙しようなどという意図はありません。

されたい人はご自由に勝手に啓蒙されてください(笑)

自分の解放のために

私はしたいことをして行きます。

寒い夜ですね。
気をつけて過ごしましょう。
おやすみなさいませ。