私が昨年、ミディアムシップセッションでお世話になりました、「ゆずりは」のみえさんによる 『ミディアムシップお話会』が ささやかに楽しく開催されました







ミディアム(霊媒)というものはどういうものか、亡くなられた方の世界とはどういうものか、等を、みえさんのセッションをされて来られたご経験から、お話しくださいました。
みえさんの視点から見て体験されたお話がいろいろ聞けて、とっても楽しかったです!





みえさんご自身も、他の参加者様も、私自身も、たとえ亡くなったとはいえ、今でも変わらず愛する家族・友人と、もう一度話したい、と思うところから、ミディアムシップというものに出会ったことを、あらためて知りました。
その「愛する思い」があるから、ミディアムシップを、「触れてはいけない死後の世界」のような、何か恐ろしいタブーのようなものとは、捉えなかったのだな、と あらためて思い知りました。
きっと、もしかしたら、
亡くなられた方に対して、罪悪感や、罪の意識、悪いことしちゃったんだよな、っという思い、負い目、もっと言えば、「恨まれてるんじゃないだろうか」「怒られちゃうんじゃないだろうか」という意識がこちら側にある場合に、恐れのひとつの形として、おどろおどろしい空想が想像されるのではないでしょうか?
(「おどろおどろしい空想」というもの自体、「ファンタジー」「エンターテイメント」であるというみえさんの一言にも、そうだなあと大きく頷きました。エンターテイメント(笑)なるほど)
おそらく、昔の、まだ人の命が軽く扱われたような時代、権力によって人の命が簡単に奪われた時代に、自分が刀でねじ伏せた敵の怨霊(だと勝手に、自分の恐れから作り出した幻)に怯えていた権力者達が、霊媒に余計なことを言われることを恐れて、忌み嫌うような文化を流布したんじゃないかと…私の想像です。
まさしく「疑心暗鬼」ですね。
人類も、その時代よりずっと進化したようで(進化というか、元々あって一旦忘れた能力・感覚を、再び徐々に思い出して)、見えないもの、上の方のものたちの「愛」の意識というものがあることに、気づいてきました。
意識とか愛とか波動とかエネルギー体とかの、仕組みが明らかになるにつれ、得体の知れないものてはなくなってきたから、ミディアムシップは怖くないとはっきり言える時代になったのだと思います。
私たちが思うよりはるかに
亡くなられた方々は気楽です。
「えっ、そんなんでいいんだ?」っていうくらい、拘りも執着も無くなっていて、拍子抜けするくらいです(笑)
それは、ミディアムシップを経験して知ったことでした。
はじめは戸惑いました。
亡くなった方に対して、
「私がこんなに悲しんでいるのに、あんたなんでそんなに気楽なわけ?悲しくないんだ?私となんか離れても、悲しくもなんともなかったんだ?」っと、
最初はこちらが拗ねて勘違いしてしまいました(笑)。
今でこそ笑い話ですが、当時はとても悲しくさえ思いました。
けれども、1年間、何度も何度も、魂同士、心同士でお話しして、自分でもいろいろな思いを経て、ようやくその気楽さの意味、あちらの世界の方々の気楽な感覚がどういう感じなのか飲み込めて、誤解することがなくなりました。
「気楽さ」についてのお話は、面白い話がたくさんあるので、また後日に譲ることにします❤😃
今日は、「ゆずりは」みえさん、ご一緒させて頂きました皆様、
楽しい時間をありがとうございました!








