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ラムちゃんの声だと感じました。
はっきり言葉ではないのですが
何か「抗議している」感じでした。
やきもちのような感じもしました。
突拍子もないことだったので、「え?何を?」っと、私は思いました。
動物を想う気持ちを、ラムちゃんはむしろ推奨してくれるだろう、くらいに思っていたので、びっくりしてしまいました(今思えば、我ながらなんて浅はかだったかと思います。)
そこで、どういうことか、心の中でよく聞いてみました。
するとどうも、こういうことのようでした。
「そんな見ず知らずの子に助けるんなら、まず私を優先してよ!」
実は、ラムちゃんのお骨は
綺麗に壺に納めて、ラムちゃんの好きだったリビングに、皆を見渡せるように、祭壇に作って安置していたのでした。
ゆくゆくはちゃんとどこかにお祀りしようとは思っていましたが、まだ気持ちの整理がつかなかったのと、離れがたい気持ちもあったのと、ラムちゃんはお家が大好きだったので、独りで知らない場所に置いてきたら可愛そうなんじゃないかと、それよりは、大好きだった家族の見えるところに居た方が安らぐのではないかと、勝手に思っていたのでした。
でも、そう思い込んでいた私に、思いがけないこういう感じが降ってきたということは、とても思いがけなくてびっくりしたくらいだし、だからこそ、これは私の思い付きではなく、ラムちゃんの声なのだろうと感じたのでした。
自分で思い付いたなら、驚かなかったはずですから…。
そして、塔のようなものも見えました。
「塔がないとお家に帰れない」
とも来ました。
お家とはどこのことか、ここのおうちなのか、本来のあの世でのおうちなのか、その辺はよくわかりませんが、とにかくそう聞こえたので、
ああ、これは、検討していた、調布の深大寺動物霊園の万霊塔だ、と感じ、もう一度ちゃんと調べてみると、
私が寄付しようとしていた金額と
深大寺にラムちゃんの納骨をお願いするための金額とが、同じだったのでした。
「寄付とかするんなら先に私をお祀りすることを優先してよ!お墓に入れてよ!」
最初に強烈に感じた、やきもちのような抗議のような感覚の細かい内容は、これだったのかと、驚くとともに、
まだお骨に執着していた自分にも気がつきましたし、亡くなった子は、葬って弔ってもらいたいものなんだ、ということも新たに知らされました。(その子によるのかわかりませんが。)
それから、家族が揃える日にちを調整して、この1月28日に、行くことにし
もう、一度聞こえて繋がったというか、交信できるようになってきていたので、もう一度ラムちゃんに、この日で良いかい?春になってからが良いかい?も聞いて、この日で良いと言うので、しかも楽しみにしていることも感じたので、行ってきました。

天気がよく暖かい日となりました。
こちらは本堂で、動物の供養塔はこれより上にあるのですが

そちらはあまりバシバシ写真を撮るのも何かな、と思ったので、深大寺様のホームページより画像お借りしました。
これが、私に見えた塔です。

塔の下には、十二支観音という像があり、御線香をあげられます。
周囲のぐるりに納骨堂があり、棚をお借りしてお骨を納めたり写真やお供えものを飾れる祭壇群があります。
塔下が土になっており、そこへ合祀することもできますし、更に外側に、オリジナルの立派な石碑を建てる方も居られます。

亡くなっても、共に過ごした愛しい家族として ペットさんたちを大切にする気持ちの集まり。貴いと思います
私の実家のわんこたちは二代目までがこちらにお世話になっており、お友達の九官鳥やわんこやにゃんこも、たくさんのかたが、こちらに居られます。
だからきっと、ラムちゃんも、寂しくない!(*ノ∀;)

家族の手で、埋葬してあげました
骨壺を開けたら、あの日の悲しみやショックがよみがえるかなと思いきや
例え亡くなっても、文字通り、骨まで愛して
じゃないけど、骨まで可愛い、ほんとに可愛い。悲しみや怖さみたいなものよりも、ただただ、愛した日々、かわいかったたくさんの思い出、手触り、匂い、ふさふさの毛の感触…柔らかい耳、冷たい鼻、長い鼻筋、芳ばしい肉球、小さいお手て、ぴよんとしたアンヨ、キラキラの黒黒のお目目… 愛しか思い浮かびませんでした。
ラムちゃんは、とても安心したように思いました。ほっとしたかのような。
ほんとうに、安らかに眠るのでしょうね。( ´∀`)
「また来るね。安らかに、ゆっくりおやすみね。」
「うん。ママありがとう❤」
ほんとに ニコニコと 安らかに 安心して 穏やかさの中に溶け込んでいくような、軽やかで、清々しくて、柔らかな
透明な感じになりました。
結局
保護動物のために寄付しようとしたことがきっかけで
意外なところに気がつき
ラムちゃんをきちんと最後まで弔うことができ
私も執着を手放し お互い軽やかになり
ラムちゃんの魂も 軽やかに更に旅立ち
家族も気持ちの整理をつけるという
こうした運びとなりました。
何より
見えなくなった 移行した者とも交信できることを
それをすんなり当たり前のこととして受け入れた もうそうなっていた自分が
ここにいました。

永遠の愛を
また会おうね
お花もって会いに行くね



ラムちゃんの声だと感じました。
はっきり言葉ではないのですが
何か「抗議している」感じでした。
やきもちのような感じもしました。
突拍子もないことだったので、「え?何を?」っと、私は思いました。
動物を想う気持ちを、ラムちゃんはむしろ推奨してくれるだろう、くらいに思っていたので、びっくりしてしまいました(今思えば、我ながらなんて浅はかだったかと思います。)
そこで、どういうことか、心の中でよく聞いてみました。
するとどうも、こういうことのようでした。
「そんな見ず知らずの子に助けるんなら、まず私を優先してよ!」
実は、ラムちゃんのお骨は
綺麗に壺に納めて、ラムちゃんの好きだったリビングに、皆を見渡せるように、祭壇に作って安置していたのでした。
ゆくゆくはちゃんとどこかにお祀りしようとは思っていましたが、まだ気持ちの整理がつかなかったのと、離れがたい気持ちもあったのと、ラムちゃんはお家が大好きだったので、独りで知らない場所に置いてきたら可愛そうなんじゃないかと、それよりは、大好きだった家族の見えるところに居た方が安らぐのではないかと、勝手に思っていたのでした。
でも、そう思い込んでいた私に、思いがけないこういう感じが降ってきたということは、とても思いがけなくてびっくりしたくらいだし、だからこそ、これは私の思い付きではなく、ラムちゃんの声なのだろうと感じたのでした。
自分で思い付いたなら、驚かなかったはずですから…。
そして、塔のようなものも見えました。
「塔がないとお家に帰れない」
とも来ました。
お家とはどこのことか、ここのおうちなのか、本来のあの世でのおうちなのか、その辺はよくわかりませんが、とにかくそう聞こえたので、
ああ、これは、検討していた、調布の深大寺動物霊園の万霊塔だ、と感じ、もう一度ちゃんと調べてみると、
私が寄付しようとしていた金額と
深大寺にラムちゃんの納骨をお願いするための金額とが、同じだったのでした。
「寄付とかするんなら先に私をお祀りすることを優先してよ!お墓に入れてよ!」
最初に強烈に感じた、やきもちのような抗議のような感覚の細かい内容は、これだったのかと、驚くとともに、
まだお骨に執着していた自分にも気がつきましたし、亡くなった子は、葬って弔ってもらいたいものなんだ、ということも新たに知らされました。(その子によるのかわかりませんが。)
それから、家族が揃える日にちを調整して、この1月28日に、行くことにし
もう、一度聞こえて繋がったというか、交信できるようになってきていたので、もう一度ラムちゃんに、この日で良いかい?春になってからが良いかい?も聞いて、この日で良いと言うので、しかも楽しみにしていることも感じたので、行ってきました。

天気がよく暖かい日となりました。
こちらは本堂で、動物の供養塔はこれより上にあるのですが

そちらはあまりバシバシ写真を撮るのも何かな、と思ったので、深大寺様のホームページより画像お借りしました。
これが、私に見えた塔です。

塔の下には、十二支観音という像があり、御線香をあげられます。
周囲のぐるりに納骨堂があり、棚をお借りしてお骨を納めたり写真やお供えものを飾れる祭壇群があります。
塔下が土になっており、そこへ合祀することもできますし、更に外側に、オリジナルの立派な石碑を建てる方も居られます。

亡くなっても、共に過ごした愛しい家族として ペットさんたちを大切にする気持ちの集まり。貴いと思います

私の実家のわんこたちは二代目までがこちらにお世話になっており、お友達の九官鳥やわんこやにゃんこも、たくさんのかたが、こちらに居られます。
だからきっと、ラムちゃんも、寂しくない!(*ノ∀;)

家族の手で、埋葬してあげました
骨壺を開けたら、あの日の悲しみやショックがよみがえるかなと思いきや
例え亡くなっても、文字通り、骨まで愛して
じゃないけど、骨まで可愛い、ほんとに可愛い。悲しみや怖さみたいなものよりも、ただただ、愛した日々、かわいかったたくさんの思い出、手触り、匂い、ふさふさの毛の感触…柔らかい耳、冷たい鼻、長い鼻筋、芳ばしい肉球、小さいお手て、ぴよんとしたアンヨ、キラキラの黒黒のお目目… 愛しか思い浮かびませんでした。ラムちゃんは、とても安心したように思いました。ほっとしたかのような。
ほんとうに、安らかに眠るのでしょうね。( ´∀`)
「また来るね。安らかに、ゆっくりおやすみね。」
「うん。ママありがとう❤」
ほんとに ニコニコと 安らかに 安心して 穏やかさの中に溶け込んでいくような、軽やかで、清々しくて、柔らかな
透明な感じになりました。
結局
保護動物のために寄付しようとしたことがきっかけで
意外なところに気がつき
ラムちゃんをきちんと最後まで弔うことができ
私も執着を手放し お互い軽やかになり
ラムちゃんの魂も 軽やかに更に旅立ち
家族も気持ちの整理をつけるという
こうした運びとなりました。
何より
見えなくなった 移行した者とも交信できることを
それをすんなり当たり前のこととして受け入れた もうそうなっていた自分が
ここにいました。

永遠の愛を
また会おうね

お花もって会いに行くね
