朝早く
家族を送っていく車の中で
ラジオからふと流れた曲
“Change the World ”
よく耳にするけれど
今朝はなんだか心に沁みたので
初めてちゃんと歌詞を検索してみました。
英語の歌詞を読んだら
なんとそれは
昨夜の私の心に対するメッセージでした。
(ノ_・。)
昨夜
とても悲しい気持ちに打ちのめされて
何がどう悲しいのかを
ノートにきちんと書き出してみました。
もやっとさせていないで、自分できちんと把握するために。
こうした
「自分の心に向き合うためのノート」を
ずっとつけていたのですが
二十日間ほど前に もうやめようと
最後のページを書いてからもう卒業したつもりで 放置していました。
理由は、ひとつは
昨日のブログ記事にも書いたように
浮かぶことがとてつもなさ過ぎて言葉にできなかったこと。
そしてもうひとつは。
(これは私の勘違いか受け取り方の問題で、誰も悪いことでは決してないのですが)
不思議な話かもしれませんが
亡くなった愛する人の魂が、どうやらこのノートを読んでいるらしい(!笑)ということを知ってしまい、
むこうは自分のことを隠したり伝えてこないくせに、また私の思いを読んだとしてもそれに答えを返してくれるわけでもないくせに、むこうは私の手の内?心を、一方的に読んでいるような気がして、それが不愉快だった(悔しかった)のと
私の、彼を亡くして悲しむ気持ちを
元気付けてくれようとしたのかもしれないけれども、彼が「ヘエ~悲しいのぉ~?w」と、「笑った」のが それがあまりにも辛くて悲しくて
私一人が 真剣だった私が まるで馬鹿みたいだったんだなと
「深刻になるなよ」という意味だと思いながらも
その確証はなく
そういうふうに「良く」捉えようとすることさえも
私が一人で真面目に、良く受け取ろうと努力しているだけ、一人相撲、暖簾に腕押し、本当は軽く馬鹿にされているのではないかと思えてしまい
なんだか馬鹿みたいに思えて
それがとても悲しくて
何かもが馬鹿らしく虚しく思えて
だからもう自己開示は一切やめてしまおうと
ノートはもちろん
ブログさえ馬鹿らしい気がすると
そんなふうに自分は思っていたのだと
昨夜ノートに書き出してみて、解ったところだったのでした。
そして一夜明けて
まだ寝ぼけながら、ルーティンだけして
頭は何も活動していない時に。
意識はあるけど、頭が働きだすまではまだほんのしばらく間があるような
そんな狭間の時間に。
車のラジオからそっと流すという方法で
件の亡くなった彼がおそらく
答えを返してきたのではないかな?と
あとになってみて、今、感じています。
こじつけかもしれません。
これでさえ
私の一人相撲、思い込み、一人で真面目に捉えて馬鹿みたい、なことかもしれません。
けれど
そんな思いを私が抱くことさえも見透かすように
そこまでも踏まえて、歌詞に入っているのです。
「僕が僕の中に抱いているこの愛は
僕の夢の中の話にすぎない」
これにはおそれいりました。
もしも本当に彼の魂が
あの世からこの世の中を探して
ぴったりな言葉(物、手段、歌、メッセージとしてのツール)を探して選んで持って来たのだとしたら
なんと完璧なチョイス。
全てを虚しいと感じ
全てを幻と 諦めようとしていた私に
あんまり私が
「あなたなんか大嫌いだ、二度と出てこないで」と言うから
伝えてきてくれたのかもしれません。
人の意識って
ほんとにいったい、どうなっているのだろうなぁ
亡くなっても、本当にあるのかもしれないなあ
どんな感じなのかなあ
また生まれ変わるというけれど
生きていたときの意識って、いつまでそのままあるんだろう
いつかは
生きていた頃のことも
きれいに忘れて
新しい命や記憶を携えて
別の新しい命になるのかなあ
私が受け取った
“Change the World ”
私の感じた訳は、こんなでした。
もし僕が星に手が届いたなら
ひとつを君のために取って来るよ
それを僕の胸で輝かせたら
君は真実をわかるだろう
僕が僕の中に抱いているこの愛は
まるで見たまんま、このとおりさ
だけど今気づいた
これは僕の 夢の中の話にすぎない
僕は世界を変えられる
僕は君の世界で 太陽の光でいるよ
君は僕の愛が
ほんとにいいものだったって
わかると思うよ
もし僕が 君の世界を変えられるならね
そしてね
もし僕が たった一日だけでも 王様だったとしたら
僕は君を女王として迎えるよ
他の道は考えられない
そして僕達の作り上げてきたこの王国を
僕らの愛が支配するんだ
僕が道化(馬鹿)になるまでね
そんな日が来るといいな…
僕は世界を変えられる
僕は君の世界で輝く太陽になるよ
君は思うだろう
僕の愛は
なにかとっても いいもの だったってことを
愛しい君よ
もし僕が 君の世界を変えられるならね
“Change the World ” Lyrics