息子が教えてくれた『Net flix』で、かわいい映画に出会いました。

『9(ナイン)~9番目の奇妙な人形』

科学の発達したずっと未来の世界に

麻で出来た人形が…

と言う映画です。


私達は魂なのだということ

それは亡くなっても

細かい粒かなにか  

エネルギーだか光だかの粒だかなにか

何かで出来ていて

それは永遠に大気に溶け込んで世界に受け継がれるのだということを

またあらためて意識させてくれた映画です。


なんたってカワイイ(*´ω`*)ラブラブ


萌え系ほっこり系ではありませんが。

私は結構泣いちゃいました。

でもよかった。



まだ少し早いかもしれませんが

街では既に、クリスマスや年賀状のポスターなんかを見かけるので

この一年はどんなだったかと

つい思ってしまいます。

この一年は私にとっては

とにかく冥王星のような

あの世との繋がりがとても強かったような

このよとあの世の接点、架け橋、ポータルが開いたかのような

実り?も多かったのかもしれないけれど

辛い一年でした。(でも、今では、佳く深く体験させてもらえた、有り難かった、佳かったんだなと思っていますらぶ②)

でも 死というのは誰にでも、自分自身にも必ずいつか訪れることで

敵視することではない気もするのです。

よく言われますが、ほんとうに、

「死も、生の一部」。

生のラストシーンなだけ。

逝き方もいろいろになるけれど

そこに対する感想は別とすれば

とにかく起こる。  

泣こうが喚こうが、

達観と祝福を以て穏やかに微笑んで受け入れようが、

とにかくそれは起こる。

私達は体験する他ない。


ただ、生きていようが死んでいようが変わらないのはきっと

魂の色だと思うのです。

色というのは比喩です。

何と言えばいいのかしら

どんなかんじの魂であるか、ということ。

どんな性質、どんな雰囲気の心、いえ心ほどコロコロ変わるものではない、もっと不動な、性質としての「魂」であるか、ということ。

それは色に例えたら、わかりやすいのではないかな。

私は何色かな?レインボー



ほほほ(*'∀`*)v

ブログだから、こうして文字で言葉で説明するしかないから、こんなに回りくどく難しい感じになっちゃうけど、

別に映画を見ながら、そこまで堅く難しくごちゃっと頭で考えてるわけではないんだよね(笑)。

かわいーーWハートラブ

ひゃーーえ゛!(ハラハラ汗)

おもろーっキャハハおんぷ

ええーっかわいちょーーー泣

と 楽しんでいる、ここにいるこの肉の私と

上に書いたようなことを感じている、ボワワンとしたエーテルの私と

なんとも思わず「ああ映画見てるんだな~」みたいな、何にも言わない静かな
もっと深い私と

幾層もの私が重なりあって

ひとつの私であり

ちょっと使い方おかしいけど
「全身全霊で」(?)(ちがうか( ´∀`)(笑))

ただ映画観てんですよ(笑)

余談が長くなりましたm(__)m


人も本も映画もブログも なんでも

出会いだね~照れラブラブ


今日も穏やかにワクワクしてこーあひるLOVEハートルンルンハート


お読みくださってありがとうハートバラLOVE