今はもしかしたら、昔よりも更に、余計に、


望むと叶う時代なのかもしれない。


何を望むかの自由さは、望むだけだったら昔も今も自由さだけなら変わらないだろうけど、

叶いやすくなった分、

何を望むかに、責任が伴うかもしれない。


大きな、最終的な、遠くのその向こうの望みと

そこに向かうための過程、通過点としての、中くらいの望みと

そこへ向かう更に小さなステップとしての、目先の方向性としての望み


一個ずつ、一歩ずつ

間違ってないか

星を目印にするように

自分の心に、確認しながら

進みたいと思います。


不安でグズりたくなる自分もたまに顔を出すし

疲れたり資金に困ったり

いろいろなトラップや乗り越えるための課題が仕掛けてあったりもするかもしれない。


でも、それさえも、

実は奥底で  

学びたい自分が自分のために作り出している、ホログラムなのだとしたら


ああよかった、望み通り予定通り来ている


と、軽やかに喜んで クリアできるだろう。


一見、とんでもないミーハーな夢を妄想に抱いている私(笑)


とっても、ワクワクするし、好きだし嬉しいし喜びだけれども、

なんでそんなことを望むのか、実は自分でもよくわからない。


頭で作り出しているのと、ちょっと違う気がする。

そういう望みも別にあるから、それとは違うと、区別がつく。


いつの間にか、湧いて出てしまっている、というのが近い。

私個人の好みや夢や妄想でなく

(一見そう見えるけど)

その先に

何かもっと大きな意味が、隠されているような気がしている。

じゃなかったら


こんな馬鹿げたフザケた、ありもしないような夢みたいなこと

この堅い私が(笑)、いつまでも心に想い続けるはずない。とっくにやめてる。


歳を取ったんだろうか(笑)


それは


制御が利かなくなって妄想癖が出たとかいう老化の一種(マイナスなこと)なのか、(こりゃ我ながらヒドイなww )

それとも

経験を重ねて場数を踏んで、肝が据わったという、良い意味の変化なのか

それはわからないが


この夢を追うことは


そのまま、今生の私の


生きるストーリーなのです。


いつか私もこの世を去るだろう


いつか必ず、最後の瞬間が来る。

その時に意識があるか、意識する暇(いとま)があるかわからないけれど

ああ面白かった。生きてよかった。と

そう思って 次の扉を開きたい。

どんなにくだらないことでも

自分が感じたことを

ちゃんと味わって、やってみて

経験してから行きたい。

せっかく苦労してこの世に来たんだから。


ハートバラハートバラハートバラハートバラハートバラハートバラ蝶々


♪クレイジーケンバンド『シャンタン』♪