昔
赤坂のとある場所で
チベットで修行したハーフのヒーラーさんに出会った
そのかたに初めて
私が虚弱体質(チャネラー)であることと
その仕組みと
オーラをクレンジングする(磨く)ことと
諸々を整えるためのマントラを教えて頂いた
あれから20年
ずいぶん ずいぶん助かって
学びの度に助かって 少し成長して
また学びの機会に出会っては
蛹になり蝶になりを繰り返して
今に至る
そしてたぶん、まだ続くのかな?先はわからないけど
今とりあえずまだ肉体を持って地球に居させてもらっている(^.^)


この前 久しぶりにある人に
「他人の念を咬む」っていう話をさせていただいた
なんだかわからないけどイライラするとか
自分がイライラする理由は明らかにないはずなのに、そうなるとか
それまではニュートラルだったのに
誰かが部屋に入ってきたとたん違う感情モードが起動するとか、そういうのも
全部、他人の発する念と自分が同調する(他人の念を咬む)ために起こること
(なんて話は今時分、既に有名だよね?)
そんなことは特別なことではないし、ヒーラーでもチャネラーでもなくたって誰にでも、気づいていようがいまいが、起きていることなんだけど、
その咬み方が激しい人、人の念を自分のフィールドに取り入れてしまいやすい人、というのが、時々いる。私もそう。
巧い人は、たとえ取り入れやすい(いわゆる敏感で虚弱体質の人)だとしても、排出するのが上手かったり、あるいは、入ったところで無視できる強さ、影響まで受けない、免疫というか強さを身に付けています。
それは自然に身に付く人もいれば、生まれながらに強い人もいれば、意識して身に付けた人もいます。
一番困るのは、気づかずに周りのエネルギーや感情に侵食されまくって自分を明け渡してしまう場合。壊れちゃいます。
でもそういう人は、出来ない弱い可哀想な人なのではなく、
そういう人はたいてい、
何でも人のせいにしていたり、察してちゃん、構ってちゃんだったりです。
良い悪いではなく、また顕在意識で気づいているかいないかに関わらず
「俺はまだやる気だしてないだけ」状態なだけです。
時空のタイミングで、あるいは、そういう甘えの時期を経験しなければならない何らかの理由が終わったとき、その方の本質が、タイミングが来たときに「やるぞ!」と思ったら、いろんなことを引き寄せたり、他の人の潜在意識に協力を要請したりして、周りを自然に動かし始めます。
そしてそういう虚弱さんは、
きちんとトレーニングして自分を整え、制御するようにさえなれば、
人の気持ちをよくわかるし、
共感力があるし、感覚を映しとるのが得意なので、見えない高次の存在とも繋がりやすく、制御さえきちんと身につければ、いろいろなことをタウンロードして役に立てるはずです。
あー 脇道にそれた!
ここで仕組みを語り始めたら長くて大変 それはまた別の機会にして…
ここまでざっと踏まえた上で
今朝ふっと気づいたことを説明します。
その、「他人の念を咬んで具合や感情が不快になる」場合に、
それを避けたくてバリアを張ろうとすることはよくあることです。
思念の矢を抜く、とか。
私も長年そうしていました。
ていうか瞬間湯沸し器過ぎて
「あっ、今自分じゃなくなってる!人の念を咬んだ!」なんて気づく余裕なんかないまでに、あっという間に怒ってしまうか落ち込んでしまうから、なかなかそんな冷静な対処もできなかったのだけれど、
それでもだんだん、ちょうど映画『マトリックス』で、ネオが、弾丸の飛ぶのとかさえハイスピードで捉えられる(弾丸がゆっくりに見える)ようになった、あんな感じ?(笑)に、自分の怒っていく、あるいは落ち込んでいくのが、見えるようになってきまして(だんだんね。出来たり出来なかったりをくりかえし、振り替えって復習してわかるときもあったり、だんだん出来る時が増えていくかんじ、それでもまだ完全ではない途中です)、対処する間も出来てきて、対処する方法も学んで身に付け、昔よりもだいぶ楽になりました。
少しずつ余裕ができてくる中で、
気づいたらマントラ、気づいたら思念の矢を抜く、気づいたらミカエルやラファエルやジョフィエルなど天使に祈る…などしてきました。
防御すること、払い除けることに夢中になっていました。
ところが今朝。 こう思ったのです。
(さとうみつろうさんやhappy さん、バシャール、他、これまで出会ったあらゆる師達の影響のおかげでもありますが)
誰かの念を咬んで私がどうにかなろうとも
怒ったりして一見良くないように思えても
もしかしたら もっと大きな目で見たら
それは私が誰か(自分でもあり他人でもあり、つまり人類や宇宙全体)の学びのために、役割を買って出ているだけなのかもしれない、ならば流れに任せて、魂の命じるまま、それを受け入れてもいいんじゃないか?
と。
下のは、ひすいこたろうさんが教えてくれた話です。
ある男の子が、友達みんなに言いました。
「ぼくはこの世で、『許す』ことを学びに来たんだ。でも『許す』相手がいないと、ぼく一人じゃ学べないから、誰か手伝って。」
誰も手を挙げませんでした
「君に許されるためには、まず『絶対に許せない!』って、君に憎まれなくちゃならないんでしょう?そんなの嫌だよ」
すると一人の女の子が手を挙げました。
「私がやってあげる。私はあなたが大好きだから、あなたに憎まれてあなたの学ぶのを手伝ってあげる。」
…。゜…。゜…。゜…。゜…。゜…。゜
そういうこともあるかもしれない。
怒っちゃいけない、イライラするのはよくないこと、つねにニュートラルに気分よくいましょう
もちろんそうだと思うし、それを皆で目指す方が、クリアーな美しい世界になると今でも思っています。
でも、あらゆる理由により、まあ言い訳にしちゃ身も蓋もないんだけど、それでも、うまくいかないときってあります。
だいたい、うまいかうまくないかって、人間の都合だからね。
事象は人間の都合だけで出来ているわけじゃもちろんないし、私たちに見えない他の要素もごまんと絡んでいるわけだから
そんなちょっと引き寄せとか宇宙の法則とかヒーリングとか(ちょっとじゃないにしろ)いくら利用できたとしても
完全無欠を求めると、巧くいかない自分を責めるという罠が待っているわけで。
それに引っ掛かっちゃ残念ですよね。
そんな罠でさえもクリアするには
やはり「ゆるむ」しかないと思うのです。
防衛出来ない場合、更なる完全な防衛の方法を身に付ける道の他に、ゆるんで受け入れる、相手のために役割を引き受ける、というルートもあることを、選択肢のひとつに加えるのも、手かもしれません。
(ただこれは、愛と覚悟がないと、ちょっぴりの好奇心や情けや使命感くらいで手を出すには、危険を伴うこともあるかもしれません。確固たる揺るぎない愛を試されるかもしれません。よくご自分と相談して。防衛するもよし受け入れるもよし、とにかくどこまでも人のせいにしないことですよね。)
揺るぎない覚悟でゆるむ(笑)
おーぉ、ザッツ パラドックス!( ^∀^)

