今朝 起き抜けに夢を見ました
私には珍しく、イメージだけで映像が出てこない夢
満開の芝桜一面の山
これを母にも見せてあげられたら幸せだなあ と思っている私の意識と
こんなのを見せてくれる息子がいたら幸せだなあ と思っている母の意識
「息子が」、ってのがミソでしょ。
昨日母が珍しく
足が痛いから今度一緒に行こうと言ってた予定をキャンセルする、とか
重紀(息子)が亡くなったことを今まで言わなかった人に言わなきゃならない場面になって悲しかった、とか
いつも驚くほど元気な母が珍しく
よわっきーな発言をしていてプチショックだったのが
そんな夢になったのかも
私の弱点は結局ここなんだと思う
「私じゃダメなの?」
生まれてきても両親を完全に幸せにはしていなかったと、むしろ私の生まれたせいで両親を苦しめたんじゃないかと、感じたこと
幾度の過去生でも今生でも、
自分の存在が周りを苦しめたのではないか?という恐れと悲しみがある。
私じゃダメなのか
私では役に立たないのか
という悲しみ 無力感。
そんなことない!と証明するために
自らを磨り減らしてでも、なんとしてもでも尽くす。
「君のお陰で幸せになった」と人に言って欲しいがために、
私の価値は、周りの人が幸せかどうかで決まるのだと、ガッツリ信じきって、
身を削って尽くす。
そして消耗した上、結局誰も幸せにならない、という魂のパターン。
誰も幸せにならない、というところがポイントなのです。
そんなに磨り減らして、それでも誰かの役に立ったとか、その犠牲の上に素晴らしいことが残ったのなら、まだ救われるのに、
そうはならないのです。
自然界の仕組みとして、そうはならないのです!
「私が自分を削って犠牲になんかしても、それは誰をも幸せにはしない」
この法則に、気づかなかった。
教えてくれた人はあったのに、呑めなかった。信じられなかった。
これを 今生で完全に卒業しようと思います。
人に喜んでもらうためにだけは生きない。
周りの人が幸せかどうかで、私の存在価値が決まるわけではないことを、肝に銘じよう。
幸いにして、時代が巡ってきたのか
素晴らしい人たちが現れています。
インディゴチルドレンと呼ばれる世代
そのオーラが、インディゴブルーに輝くのでそう呼ばれたのだそう。
それに続くレインボーチルドレン クリスタルチルドレン
私の二人の子供たちはここに当たります。
古かろうが新しかろうが
年期が入っていようが若かろうが
私は私が良いと思ったものは私に取り入れます。
それが、楽しくて心地よくてワクワクするものなら、それは私にとって必要なものなのです☆
子宮委員長はる
近頃話題のこのお方、私には、現代の「マグダラのマリア」ではないかと思われます!
新しくてインパクトのある、力のあるものは、いつの時代においても、賛否両論非難業々ケンケンガクガク いろいろあるでしょう。
私もはじめは、きらびやかだな、気になるな、素敵かもしれない?と、恐る恐る、興味は示す反面、
あまりにもすごい勢いでぐいぐいと狂信的に引き込まれて行く人を見ていて、なんだか恐ろしくて心配で(まさしく老婆心(笑))、私は巻き込まれないぞと(←何のための意地だよ?)警戒しておりました(笑)。
でも、どうしても目を離せない引力というか、嫌ならとっとと切ればいいのに、そうはできずにひっかかるので、
そんなに気になるなら、ちゃんと自分の目で確かめよう、ちゃんと味わってみて、もしもう嫌だとなれば自然に苦もなく離れられるじゃん、と、はるちゃんのブログを、最初の投稿から5年分くらいのを、全部読みました。
たくさん書く方なので、もう目が疲れて取れてしまうんじゃないかと思いましたが、それでも休み休み何日かかけて
冷静に読んでいるつもりがいつのまにか洗脳されるんじゃないかと警戒しながら(←もうファンで読んでるのに、まだ抵抗してた(笑)何の警戒だよ?ww きっと自分への、だよね^^)
おかげで、はるちゃんがいかに地に足のついた人かよくわかったし、
一見ぶっ飛んでて頭おかしいように見えるけど、実は全然逆で、
ある日天から降ってきた神の啓示に目覚めて系、では全くない、
地の底、肚の底から湧き出でた真の人間の姿に(それはもちろん美しいことだけではない、ドロドロ)、ガッツリ向き合って、味わって、反芻して、それで得た真理を、自分の感覚で掴んだ、
本当によくよく味わって生きている、勇気ある立派な人だということが、心からよくわかりました。
そして、私がまだ、はるちゃんに抵抗を感じることがあるとすれば、どういうときにどんな点でそれを感じるのかを、よく見つめることで、自分の中にあることをも、浮上させて理解することができるのでした。(といっても、これもはるちゃんが自らブログの中でさりげなく解き明かして助けてくれて、得られた理解なのですけどね☆^^ はるちゃんは自分自身の心をよく見つめてる人だから、他人の心もよくわかってる!)
自分の中に起こった違和感や疑問を、いちいち、はるちゃん批判になんか、回さないでほんとによかった。
そんなものが自分の中に起こったなら、自分で解決、処理すればいいことじゃんね?
人を批判する人って、ほんとに時間を無駄にしてるな、自分を弄る時間に回せばいいのにな、って、思います。
いろんなことに気づかせてくれた人たち、
はるちゃんファンであることを公言し、誰に何と思われようとも、はるちゃんの素敵さを伝え続けてくれた「御令嬢」さま方にも、今ここで、深く感謝の意を表します。
新刊本も出版されます
4/9の発売日を前に、すでに増刷、先行販売では売り切れ続出だそうですよ
アマゾンで予約したのが明日届くかな
楽しみです
子宮委員長はるオフィシャルブログ
自分がまず幸せに、なんてことは
すでにできてる人はもちろん大勢居て
それが当たり前な人から見たら
自分を犠牲?何言ってんの?
何馬鹿な生き方してんの?要領悪っ
なのでしょうが
今これで悩んだり迷ったりしょげたり
逆ギレしたりしている人も結構多いのかもしれませんが
よくよくはるちゃんの話を聞いたらおそらく気がつきませんか?
ていうか、
自分の中に起こりませんか?
そういう自分でも、今いわゆる3B (笑)であっても、別にそれはいいんだ、っていう思い。
あるメソッドが、できていない、理解できない自分は、別に恥じることではないし、変わらなきゃ遅れてて馬鹿なわけでもないし、たとえ百歩譲ってそうだったとしても、別にいいじゃないですか。(ただし、自分がそこにとどまるのをほんとは嫌だなと思っているのに、それを認めないで、意固地になって3bであり続けようとするのは、かわいそうにもったいないな、馬鹿だなと(あらやっぱり言っちゃうわねww)、私も思っちゃうけどね。なんでそんなに自分を認めないんだろう?って。不思議に思う。Mなの?まあ、それが必要なんだろうね。)
それは、ついてこないんなら来なくたっていいよ、いつまでもそこの底辺に留まってりゃいいんだよバカめ、と、人にけなされたのかどうかが問題なのではなく、
全部、自分が自分に思っていることなのですね。
ああ、これでは焼き直しになってしまうので、ここではもう言いませんが、
これだけは書きます。
自信を持とう!
諦めることだけはしないで。
批判するのは時間の無駄。
自分を磨くことに費やそう。
まさに
悲しみの数を言い尽くすより
同じ唇でそっと歌おう
ですよ!
男も女も、子宮があってもなくても
とりあえず機能が違うだけで
みんな人間。
みんな、各々自分。
それでいいじゃないですか。^^笑
今日も佳い1日を作って行きましょう

追伸:
偉そうにかく言う私ですけどね
私だって日々是自己との闘い、思い込みとの闘い、自己探究、「カルマ粒撃退」のための創意工夫と、自己管理、疲労や自己嫌悪との闘い?(笑)ですよ。
それでもやるんです
時間かかってもやるんです
バカでものろまでも 少しでもそうならないように頑張るんです。
まだまだ未熟者です。
修行は楽しく続行中です。^^v
