つらいことというか

それに目を向けたら不安と恐れに囚われてダメダメになってしまうから

スルーしたい事柄

って あると思います。


つらいことから目を背けるというと

「いや、立ち向かわなきゃ、逃げてばかりだめだ」と、いう場合もあるかもしれませんが

考えない方がいいこと
アクセスしない方がいい領域
というのはあると思います。

例えば「誘惑」

あるいは「疑い」

これは本当に

取っ捕まらない方がいい

囚われたら脱け出すのが容易でない

ある種《ブラックホール》だと思います。


さて そんなブラックホールのような領域が

あるときふっと近づいてきて
呑み込まれそうになったとき

あなたならどうやってかわしますか?


旨いこと、捕まらないように逃げ切るために
あるいは「ヤベッ」と気付けたときに

振り切るためには

どんな手を使いますか?



私の場合、

(私は あっという間に感情に囚われてしまう《瞬間湯沸し器》なので、この方法を思い出すのが遅れる場合も多々あるのですが)

一つは 『手芸に没頭すること』です。


普段はほとんど「面倒臭さ」という重い扉に閉ざされているのですが

ブラックホールの気配を感じ取ることができて、必死に逃れたい一心でその扉は開けることができますし

開ければその先は『夢中という名の天国』、闇は一切無視、悪魔から見た私はそれこそ「とりつく島のない」恍惚の夢中の状態、光に満ちた安全地帯です。


布や毛糸と針と糸さえあれば

私は天国…( ゜∇゜)


この手段を、私の中にインストールしてくれたのは、何を隠そう、私の母方の祖母なのでした。

ときどき無償に何か作りたくなる

毛糸や布に没頭したくなる


いつも年がら年中ではないのです。

私はこれは
おばあちゃんが天から助けてくれているのだと感じています。

この孫をブラックホールに呑み込まれないようにするには、逃げる道を示すには、至福で導くしかないのだけれど、その釣り餌は「手芸のワクワク」だ!

と、おばあちゃんは知っているのだと思うのです。



その母方の祖母は
私の母が小学校6年生の時に
夫(私のお祖父さんにあたる方)を亡くしました。
以来幾つかの職業を頑張りながら、私の母とその弟の、二人きょうだいを、共に医者になるまでに育て上げてくれた、立派なお母さんでした。


親戚の伝で国会議員の秘書を勤め、引退後はお習字の先生をしていましたが、そうなる前は、(昭和のずっと前半の時期の話です)注文を受けて編み物をして、それをお店や近所の方に買っていただくことで一家母子3人食べ繋いだ時期もあったそうです。
母曰く、そのときはまだ子供で、弟と二人で毛糸をクルクル糸巻きして手伝うのも愉しくて、そんなに苦とも思わなかった ということでしたが

大人でお母さんであった祖母は、不安も抱えていたでしょうし、辛かったかもしれません。

そんな時代のずっと後に

そんなことも知らずに生まれて

時代も身の回りの生活も良くなったのをいいことに

今思えばわがまま放題で育った孫の私。


とはいえ、恵まれた生活ながらも、その中にはその中なりの悩みや問題などもあるわけで、
私は人に頼れない少し歪んだ子供になっていました。


小学校の低学年だったあるとき
編み物ってどうやるんだろう?と思ったのに

どうしてだか人に教えてもらえば良いのにそうせず、
家にあった百科事典に資料として出ていた編みかたの図解を便りにトライするも
よく理解できず、

糸の持ち方もわからなくて、筆箱に毛糸を噛ませて「持っていてもらい」ながら手前で糸と格闘していたところに

ふとおばあちゃんが来て

「ここに編み物の先生がいるんだから聞けばいいじゃないのー」と笑いながら
教えてくれたのでした


私が高校2年の秋に おばあちゃんは亡くなりました。

今皆に聞いても誰も知らないというのですが

きっと葬儀やら何やらバタバタで忙しくて見逃したのでしょう

おばあちゃんの部屋の壁に

まるで辞世の書であるかのように

美しく書かれた小さな紙片が張り付けてありました。

それにはこう書かれていました

「恒心  恒に清い心 恒に正しい心 恒に強い心」

おばあちゃんはその名を恒子さんといいました。

そして「心」という字を好きな書道家でもありました。

その二字を組み合わせて

70年間生きて掴んだ真理を

私たちに書き残してくれたものと思われました。

(大事なものだと思ったからそのままにしておいたのに、誰も覚えてなくて失くしちゃうなんて、だったら取っておけば良かったよプンプン!(`^´))


そうやって大切に人生を生きて

天に逝ってなお

電波(?)で私を助けてくれている


おばあちゃんがいまだにそうやって守ってくれているから

私はブラックホール(怒りや恨みや不安や疑いや嫉妬や執着や誘惑 等といった負のエネルギー)なんかに引っ掛かって自分を矮小なものに成り下げないように、
おばあちゃんが命をかけて育ててくれた私の母にも、もっと心の底から感謝して、

一生懸命生きなければ


おばあちゃんがそうしたように

私も命がけで子供達を育て

自分を育て

生きなければ






ふっとそんなことが思い浮かんだ今日は

そのおばあちゃんの命日の一週間後で

かつ

その夫(私の、会ったことのないお祖父さん)の命日なのでした。





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