今朝、一つの訃報で、飛び起きました。

巨人そして阪神で、投手として活躍された小林繁さんが急逝されたとの報せ。

1979年の『空白の一日』。

阪神と契約した江川卓さんとの交換トレードの時の会見で小林さんは、

『野球が好きですから、阪神に行きます。』

と、おっしゃったそうです。
この時のエピソードは、後に父から聞かされました。

私は、会社に入社して3ヶ月で、従業員100名程の大きな支店から、たった15名の特別に小さな支店への転勤を命じられました。
転勤先の支店で退職者が続き、欠員が生じたこと、そして、そちらの支店長が新入社員からの補充人事を希望したことから、その年に入社した11名の内、住まいが1番近い私が選ばれた、と、説明を受けました。
(後に、『1番近いから』という理由は表向きで、当時の支店長が、一人暮らしだった私を嫌っての、左遷人事だったことを知りました。)

心細かった。
まだ、仕事のことも、会社のことも、何も解っていないのに、庇ってくれる同期達と離れ、たった一人で新しい職場に行かなくてはならない。

私は、サラリーマン家庭で育ちましたから、辞令を断ることがどういうことなのかは、理解していました。
でも、色々なことが不安で。

そんな時に、父が、『空白の一日』でのエピソードを、聞かせてくれたのです。

『どこでやっても、仕事は同じ。与えられたフィールドで、与えられた仕事を、地道にやっていきなさい。』

そんな内容のことを、サラリーマンの大先輩である父から言われたことを、覚えています。

そこが、私のサラリーマン人生の原点。

へこたれそうになる度に、
『与えられたフィールドで、頑張るしかない。』
と、自分を奮い立たせてきました。

その『与えられたフィールド』が、自分には合っていなくて、それを会社に訴え続けましたが、なかなか聞き入れられず、頑張り過ぎて、病気もしましたけどね。

そんな思いまでして、それでも頑張り続けられたのは、この会社が好きだったからに他なりません。

今のフィールドは、かなり気に入っていますょ。


『野球が好きだから、阪神に行きます。』


私は、この会社が好きだから、社風が好きだから、そして何より、この仕事が好きだから、当面、『ここ』で頑張り続けます。


小林繁さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。