今日も読んで下さり、ありがとうございます☺️
またまた長くなると思いますので、途中、休み休み読んで頂ければと思います☺️
私は舌がんの2度のオペで、大切な嚥下機能である舌と舌根を全て失いました。
何割残せた、ではなく、私はオールナッシング。
5年近くエンシュア生活をしていて、どうやって前回の記事のような、現在の食事に移行できたのか、記憶を辿り、まとめてみたいと思います。
2度目のオペ後、入院中は特に嚥下の訓練や言語の訓練はなかったと思います。
入院中は、エンシュアと病院の流動食。
バリウムなどを飲んで検査する嚥下の検査はあったとは思いますが、ちゃんと飲み込めるね、と確認したのみ。
退院後、どうやって食事を進めていくか、言語はどうするのか、何もなかったと思います。
数ヶ月の入院生活が終わり、ようやく退院したものの日中は主人は仕事でいないので、家には私一人と、猫🐈1匹。
入院してた時のように、誰かが流動食を使ってくれる、という環境ではなく、その頃は、エンシュアのみでした。
病院で味わった流動食というのも、私的には微妙で、エンシュアに比べれば、ちゃんと食べ物の味はするし、これ○○だね!と分かるから、エンシュアよりはうーんと幸せなのですが、
流動食って、飲むと口の中にべっとり張り付くし、見た目も決して美しくはない。
食事は視覚でも楽しむものですが、やはり流動食だとそうもいかない。
この頃、朝、目が覚めてまず最初に思うのが
「やっぱり舌はないよね、、夢じゃなかった、、
また一日が始まるのか、、」
こんな感じで、目醒めた瞬間から即ブルーで、厳しい現実を突きつけられるのです。
眠剤がないと眠れないし、薬に頼り切って生活していました。
もう目なんて覚めなければいい、ずっとずっと夢の中で眠っていたい、そんな感じの日々。
退院後は、月に2、3回、検査や検査結果を聞きに行くための通院、更に歯学部の受診が重なると、もっと通院は増えます。
幸いなことに近くに住む義両親が毎回付き添ってくれたので、何とか電車に身を投げようとかならずに😅通えていたわけです。
私は頭頸部の主治医があまり好きではなくて(合わなくて)決して悪い先生ではないんだけど、舌を失った私のメンタルにはどうも合わなかった。
毎回、受診の2週間くらい前からものすごく鬱々した気持ちになり、検査結果を聞く日には、まるで死刑囚が死刑かどうか判決を待つかのような心境になる。
そうなると、ほぼずっと、気持ちが落ち込み、鬱々している。ずーっと、、、
生きた心地がしない、食べられないから喜びもない、そんな日々。
メンタルはそんな調子なので、流動食を作るぞ!なんて気持ちには到底なれないわけです。
入院中に嚥下の看護師さんに
「とりあえずエンシュアさえ飲んでいたら、生きていけますよ」と言われました。
分かるよ、、、分かるんだけど
それって希望になる?慰め?
そういう意味で言ったわけではないんだろうけど、この言葉はその後ずーっと頭に引っかかっていました。
あー、舌を全て失った私は一生、エンシュアで生きていくんだな、とその時思いましたしね💦
これ、思い込みになってしまうんですよね。
信じてしまうんです。
元医療者って、自分が患者になると厄介です💦
色々、わかってしまうし、同業者なので、厳しい目で見てしまう事も多い。
厳しくてごめんなさい、だけど。
入院中から使っていたのは、写真のもの。
記憶では、アクアジェルパウチだったと思ったのですが、検索すると名前は違うみたい。
私は病院の売店で書いましたが、今見るとAmazonでも売っていますね。
柔らかい素材の容器で、ストローが付いているので、喉元近くまで持っていくことができて、容器を手で押して流し込むので、安全に飲め込めます。
容量が少ないので、そこが難点。
後、使った後のストロー部分の洗浄が、めんどくさかったりします。
100均に売っている細いブラシでストロー部分を洗います。
マグカップなどに容器を入れて立て、三角の漏斗を使って、エンシュアを容器に入れてました。
Amazonで探していたら
似たようなものもありました。
上の最初のモノより容量は多めですね。
マグカップなどに直接入れて飲もうとすると、全摘してるからか、口角からダダダーっと漏れてしまうことがありました。
舌を失って初めて分かる、本当に凄かった舌の機能あれこれ!
ここでは割愛しますね。
嚥下に慣れるまで、こういった嚥下をサポートするものはとても有り難かったです。
メンタルに話をまた戻すと
「皮弁が痩せないように頑張って食べてくださいね!」
ドクターも看護師さんも必ず同じ事を言います。
ここも凄く問題。
医療者的には正解です。
皮弁が痩せることによって、飲み込みや言語に関係してきますからね。
でも、患者からしたら、プレッシャー以外の何者でもない!
私も当時もの凄くプレッシャーに感じ、飲み込めない、食べられないことに落ち込みます。
自分は駄目だ、食べられない、また痩せちゃった、と思い込んでしまうんです。
メンタルが確実に落ちます。
そのうち、食事というものが、基本的欲求から
義務になってしまい、皮弁を痩せさせないための仕事、任務になります。
ただただ苦痛です。
生きるために、楽しい!とか美味しい!とか感じていない余裕のない食事になるんです。
「THE!仕事」です。
楽しくない気持ちで、喜びのない気持ちで食べる(飲み込む)食事は、本当につまらないものです。
プレッシャーも凄いです。
毎日体重を測ったり、数値に一喜一憂します。
入院中は特にそうでした。
それを見て看護師さんに叱られました。
「もぅ!体重なんて測らなくていいわ!💢」
気にしなくていい、わざわざ見るな、の励ましの意味だったんだと思うけど、もの凄く悲しい気持ちになり、涙が出てきた記憶があります。
話は少し逸れてしまいますが
私が育った家庭は、決して穏やかな家庭ではありませんでした。
私自身は3人姉兄妹の末っ子で、母と兄が割と感情を表に出して爆発するタイプ。
HSP気質の私にはもの凄く辛い家庭でした。
思春期以降、家庭内は崩壊状態で、毎日毎晩、怒声が飛び交い、身を潜めて、ただ、母や兄の怒りが治るのを待つ。
母の更年期と、兄の長い反抗期が重なった時期なんて地獄でした。
10代後半の頃、看護学生だった頃
兄や母が怒鳴りだすと、もう恐怖でしかなく、自分の部屋で膝を抱えて、耳を塞ぐ。
胸はドキドキして鼓動は早くなる。
胸が苦しくなる。
頭は真っ白、フリーズ状態です。
そして、恐怖で喉が締まってしまい、声が出せなくなるんです。
恐怖を思い出すだけで喉が締まり声が出せなくなる状況は何年か続きました。
今でも、人の怒りや怒鳴り声を聞くと同じ状態になります。
家の中に静けさが戻ると、何とか声は出せるようになるけど、違う場所でこの事を思い出すだけでも、緊張し喉は締まってしまう。
また、中学くらいからか、テストや受験の時など、緊張し過ぎて、喉が締まってしまい、食べ物が喉を通らないという事がよくありました。
やはり緊張状態では、声も出せないし、喉が緩みリラックスしていないと食べ物をうまく飲み込む事も難しくなるんだと思います。
嚥下の看護師さんに、ひこ空さん、ちゃんと飲み込めると思うよ?と言われ、嚥下サポートのゼリーはゴクンとできるのに、家に帰ると、飲み込めない。
大好きなコーンスープに挑戦してみたけど、粒が喉に残ってしまい、どうしても飲み込めない。
どうしてだろ?
私、駄目だ。
もうこの先、一生、固形物なんて無理なんだ。
定期受診の時に嚥下の看護師さんに関わってもらうけど、あまり収穫もないし、何も希望を感じない。
(嚥下の看護師さん達ごめんなさい)
嚥下は、メンタルからも大きく影響を受けているよ!確実に。
勿論、切除範囲など、機能的にどの程度とか、年齢による嚥下機能の程度とか、諸々の要因はありますけどね。
【エンシュアからミキサー食へ】
その頃、頭頸部の患者会に参加して、喉頭がんの男性患者さんと、その奥様と出会い、奥様がすごく熱心に、旦那さんの食事を作っておられて、何でも水分を足してミキサーにかけて食べられると分かり、実際に家にお邪魔させてもらって、作る様子も見させてもらい、バイタミックスというハイパワーのミキサーも買いました。
家族と同様の食事を作り、それに牛乳を足してミキサーでガーっとするだけ。
エンシュア生活で流動食さえ諦めていた私には希望の光でした。
実際、味見をすると、しっかりそのメニューの味がする!
わぁ✨これなら何でも食べられる(飲み込める)し、家族と別々のメニュー考えなくていい!✨
そのご夫婦は、奥様がとにかく頑張り屋さんで、旅行にもミキサーを持っていき、旅先でもミキサー食を作っておられたそうです。
きっと、旅館やホテルとの打ち合わせとかも、事前にちゃんとされていたんだと思います。
家族の協力さえあれば、旅行も行けるんだ!✨✨と分かりました。
希望の光が見えたような気がしました。
それにしても、愛情たっぷり、ご主人は食べるだけ、いいなぁ。
私の場合、逆で難しいし、近くに住む義理の両親は受診の送り迎えはしてくれるけど、私の食事に関しては非協力的。
義母はあまり料理が好きではなかったみたいです。
義母はいつも私と一緒に患者会に参加してくれるけど、栄養士さんが患者会でサバ缶のミキサー食を目の前で作ってくれて、試食をさせてもらえたんだけど、お義母さんに味見をお願いしたところ「嫌!」と拒否😭
分かります、見た目からして美味しそうじゃないもんね、、普通にサバ缶食べるなら美味しいけど。
でも「私、味見が出来ないし、お義母さんにも助けてほしいんです」とお願いしたけど、「同居してるわけじゃないんだし、味見なんて無理よ👵」とピシャリ。
その日、家に帰ってから主人の前で大泣きました。
義母は一緒に患者会に参加していたので、ミキサー食のことも、家族の協力さえあれば旅行にも行けることも知っていました。
そして、私が旅行にいきたいなぁ、と話していて、旅行の話は出ていたんですが、旅館に問い合わせたら駄目だったらしく、その後、お友達と旅行に行ったと知り、とてもショックでした。
そういった事があって、患者会に参加するのもやめ、ミキサー食も旅行も諦めました。
悲しくて、孤独で仕方がなかった。
それと、教えてもらったミキサー食は、全てに牛乳を加えてミキサーにかける。
牛乳は美味しいんだけど、摂取量が凄い量になる。
水でもいいんだけど、とにかく、水分がどんどん増えて、お腹ダボダボ。
後、エンシュアに比べるとちゃんと食べ物が摂取できて味はいいんだけど、味がぼけるというか、混じってしまい、凄く美味しい!とはやっぱりいかない。
また、粘度が高いというか、かなりドロドロしてて、喉をスムーズに通過してくれなかったり、飲み込んだ後口の中もドロドロしがち。
味はするし、贅沢だけど、これで満足!もう大丈夫!とは決して言えなかった。
義母のことがきっかけで、また暫くエンシュア生活が続くことになります。
この頃は、スーパーに食材の買い物に行くのが、本当に辛かった。
見てると食べたくなるしね。
自分は食べられないけど、主人の為にご飯は作らなきゃいけないから、料理しません、なんてできないから。
これ、何の罰ゲームよ?
拷問なの?
と思いましたね。
私の人生の暗黒の時代です。
【妊娠出産を経て普通食へ】
そんな中、子供を授かりたい気持ちを諦め切れず、
前回お話しした不妊治療に臨むことになります。
そこでも色々試練はありました。
エンシュア飲んでる人が妊娠?
エンシュアの成分が赤ちゃんに影響しない?
出産後どうするの?
オッパイあげられるの?
不安な気持ちを抱えつつも、子供を授かる為に不妊治療の病院に通う事が、私にとってはすごく嬉しくて楽しくて、ワクワクしていました。
🌈🌈✨✨🌈🌈
↑こんな感じ?
今までグレー一色だった景色が、急にキラキラと
輝き出したように見えました。
これ、本当です。
意識が変わるってこういう事だったと、後に分かりました。
同じ景色を見ているのに、意識が変わった途端に
見えてる世界がガラッと変わった瞬間を味わいました。
私、やっとスタートに立てるんだ❣️
そう思いました。
不妊治療は、ホルモン剤も使うし、自己注射もあるし、経済的な負担も大きい。
とてもセンシティブな分野。
心も身体も辛くてめげてしまう人が多いと聞くけど私はワクワク、楽しくて仕方がなかったんです。
多少、ホルモン剤の怠さや、凍結した受精卵が着床してくれなくて一瞬めげた、とかはあったけど、すぐに前を向けたし、やっぱりワクワク楽しかった☺️
そして、治療を始めて一年ちょっとでめでたく妊娠。
2014年の7月でした。
妊娠してからは、早々に悪阻がきて、いつものようにエンシュアが飲めない。
お腹の中の赤ちゃんのためにも、やっぱり少しずつ、普通の食事に変えていきたい。
そう思うようになり、安定期以降、時々、具沢山の栄養たっぷりお味噌汁を作って、栄養がしっかり溶け出している汁のみ飲んだり、主人がリゾットを作ってくれてそれに挑戦したりしました。
意識が大きく変化したからか、ゆっくりだけど、飲み込めるんですよね。
喉が締まってない、ちゃんと通過してくれるんです。
喉がリラックスしている、身体が喜んでいるのが分かる。
リゾットみたいなものが飲み込めるようになったけど、まだまだこの時は、エンシュア併用で、エンシュアの割合が多かったです。
出産に向けて、何度か助産師さんに事情を話し、食事面、言葉の面、その他諸々打ち合わせをしました。
構音障害もあるので、打ち合わせと言っても、口頭ではなかなか進みません。
まず自分の状況を伝えるのに必死です。
必ず、Wordにまとめておいて、ちゃんとプリントアウトして持っていくんです。
色々配慮をしてもらい、ついに出産を迎えます。
そして、2015年3月13日
無事、元気な女の子を出産しました。
出産当日はとにかく疲れているので、赤ちゃんは別室で、私は休ませてもらいます。
そして、次の日に初乳をあげました。
この日を境に、自分でもビックリするくらいの
身体の中から湧き上がるような、溢れ出すかのような、もの凄い食欲になるのです😂
食欲が抑えられません。
とりあえず打ち合わせした病院食を出してもらって、飲み込めなかったら吐き出そう、無理ならエンシュア飲めばいいやと思って、エンシュアも持参してたけど、目の前に出された食事がどうしても食べたくて食べたくて仕方がない。
くそぅ〜何としてでも飲み込んでやる〜〜っていう勢いでした。
そしたら、何と‼️
少しずつ、ゆっくり、補助的にお水を沢山飲むけど
飲み込めたのです❣️❣️😆
めちゃくちゃ嬉しかった❣️❣️
🌈🌈感動です🌈🌈
こうやって、娘を産んだ次の日に、私はめでたく
エンシュア生活を終えることができたのです☺️
夜明け前が一番暗かった。
闇の世界から光の世界へ。
そこからは本当に少しずつ、です。
食べたい!→挑戦→挫折
やっぱり食べたい!→挑戦の繰り返し。
ビックリするくらいの食欲なので、それはそれで食事を作ってくれる主人は驚いていたし、まだ食べれるの⁉️⁉️って目をまん丸くしていましたね😅
だって2人分だもーん。
お陰様で、途中から完全母乳だけの育児になり、娘もすくすくと育ってくれ、今ではもう8歳になりました👧
娘はとっても元気です🥰
出産後からの子供を通した様々な苦労は、まだまだ沢山ありますが、また別の機会に😘
メンタルは確実に嚥下に影響しているということと、意識が変わると、目の前の現実も変わります。
ならば私も意識を変えよう❣️と「意識する」となかなか難しいと思います。
私達には、何億通りの世界があって、実はそれを全て経験しているらしいです。
パラレルワールドです🌈🌏
意識の変化で、違うパラレルを選べるそうです。
パラレルジャンプ、移行が出来るんです。
自分の意識が変わると、そこに現れた人物も変化しています。
だから、あの人の意識を変化させたい!と思えば、やっぱりまず自分、なんだそうです。
全ては自分の意識が作り出す世界🌎だから。
どうやって意識を変化させるのか❓
ワクワクする方へ🌈✨✨
ハートが喜ぶ方へ❤️
直感を信じて✨✨
自分の感覚を信じて✨✨
進むだけでいいんだそうです🥰
このワクワクが、私の臨む未来に、一見繋がっているように思えなくても、そのワクワクに向かって進んでください😘
長くなりましたが、最後まで読んで下さって
ありがとうございました😊


