あまりにも更新されなさすぎて、生存確認してくる方々。申し訳ない!(笑)

最近、あまりもの平和さに、平和ボケしております。

そして、何回かブログを開こうとして、パスワードを忘れてしまい、本日に至る。



最近ねー
アドラー心理学にハマってしまい…
なかなか抜け出せれない。

あまり馴染みのないのない心理学者かもしれません。
日本ではどちらかといえば、フロイト派だったのでね~

でも最近は『嫌われる勇気』という本がアドラー心理学の本として有名です。
たった今その本を読み終えて…
心が洗われたかのように。
考えることがありすぎて、心が複雑すぎて…

私たちは中々物事の本質を見ないようにしています。
あと、自分の嫌なところを見ないように、美化してしまいがちだと思います。

どうしても、自分のしていることが正しいと思いがちです。
そして、正しいように筋道を立てていく。

私たちは、自分の価値観や一度見たものや体験に基づいて、すべての物事を判断していっています。

例えば、ジェットコースターを楽しいと思う人もいれば、怖いと思う人もいる。

それは一度体験した経験に基づいて判断しているにすぎません。
例えば、全くジェットコースターを知らない人が初めてジェットコースターに乗ったとすれば、多分怖いも楽しいもわからないのではないでしょうか。

初めてだか、ジェットコースターを見て怖いと感じる人も中にはいるのかもしれません。
しかし、それはその人が前に高い所で怖がる体験があるのかもしれませんし、テレビや何処かで高い所が怖い印象があったのかもしれません。

私たちは往々として、自分の考えや体験に基づいて、他の事を判断しがちだけれども…
ちゃんと正しいものが目が必要だと思いましたね~。

私も、自分の経験に基づいた考えではなく、柔軟に、多面的に対応していきたいデス‼︎





本当は何のために動いているのか、

この事をしたい本当の目的は何なのか。

という事について結構忘れがちになります。

私の場合、目的は、目標は「長く生きて、人生のフルコースを味わう事」でありますが、たまにこの事をわすれて、つい目標が「ガンをやっつける。」という事になりがちです。

「ガン」をやっつけるために、いろいろな治療をしますが…
しかし、その治療によって体が弱まり、ご飯が食べれなくなり、衰弱して…
ガンは完璧にやっつける事はできたけれど、ガンを完全に体から消す事はできたけれど

でも、結局は衰弱したり、他の副作用で亡くなってしまう。

そのことよりも、「ガン」は体の中にあるものの、元気に毎日を過ごし、ご飯もちゃんと食べて、「ガン」はもしかしたら大きくなってくるのかもしれませんが、うまく「ガン」とつきあいながら何年も、何十年も生きて、人生の楽しい事をたくさん経験する事の方が良いのではないでしょうか。


つまり、「ガン」は完全に居なくなったけれど、1年で衰弱死ぬ事と
「ガン」は体内にあるものの、うまく共存し合いながら10年生きるのとでは、まったく意義が違ってくると思います。

「ガン」はもし大きくならなければ、どこかの血管にあたったり、変な所にあったりしなければ、別に体内にあってもなんも支障もないわけです。もちろん、転移するのかもしれないという恐れはありますが…でも、もしかしたら転移しないのかもしれませんし。

世の中の皆は、
「ガン」=「死」
と言う風に、認識している人が多いと思いますが、今は「ガン」で死ななくなってきています。
「ガン」に対する嫌なイメージが先行して、別にたいした事が無い、死ぬ事が無い「ガン」でも、変に恐れたり、変に怖がったりして、そして自暴自棄になり全く死なないような「ガン」でも自ら命を断ってしまう人があまりにも多いのが現実です。

国立ガン研究センターの調査によりますと…
ガンと診断された患者が1年以内で自殺する危険性は、普通の人より24倍の高い事が分かっています。

二人に一人がガンになる時代、死因の3割がガンですが!
実は2003~05の調査では、ガンの五年生存率は5割を超えています。今はもしかしたらもっと増えているのかもしれません。

ガンでは死ななくなってきています。
ガンで死ぬのではなく、ガンといかに共存し合いながら、ガンを知った以上命をより有意義に生ききる事が重要だと私は思います。




最近、アドラー心理学にハマっています。

わたしたちはよく悩みます。
私も未だにたくさんの事で悩んでいたりしています。

でも、困る事って悩みに比べると少ないのではないでしょうか。

「悩む」事と「困る」事って…
似ているようで、その違いははっきりと説明できませんでした。

アドラー心理学の中で、その両者の違いについてはっきりと書かれている部分があります。
「悩む」事は、自分の理想と現実の違い・ギャップに苦しんでいる状態です。
「困る」事は、解決しなければならない事に直面し、どうすればこの状況を打開できるのか困る事。

そう言われてみると、私はあまり「悩まない」ことに気がつきました。
例えば…
『ガンで死んだらどうしよう、ガンが大きくなったらどうしよう、また転移したらどうしよう』のように、まだ起こっていない不確かな事で不安がる事はあ・ま・りしません。(あくまでも、あまりしないだけです、たまにしますよ~)

そして、最近は「ガン」に対して、よく困っています。
いかに、長く楽しく生きるのか。
どのようにして、ガンから卒業して生き残れるのか。
解決しなければ行けない問題を解決しようと一生懸命困っています。

アメリカのどこかの大学の研究で、人間が抱く不安のうち、なんと95%は実現しないらしい。
つまり、今私たちが抱いている悩みのほとんどは実現せず、妄想でしかない。

起こらないかもしれない不確かな事で「悩む」と、その悩みで悪の循環にハマりがちです。そして、さらに妄想は膨らみ、今を楽しく生きる事ができなくなってしまいます。

「悩む」事を全否定しているように思えるのかもしれませんが、そんな事はありません。

事実として、悩まない人はいません。
私だって、なんだかんだ良いながら悩んでいます。

今まで、私はよく悩んだだけで、結局解決できなかった事が多々あります。それは、アドラー心理学によると、「どうしよう、どうしよう」と悩んでいる自分の状態に酔っているらしい。
私は素直に「そうなのかもしれない!」っと思いましたが、やはり悩んでいる状態に自分が酔っていると言われ、素直に受け入れたくない、少し理解したくないように感じましたが…本当にそうなのかもしれません。
心のどこかでは、『悩んでも仕方が無い』『実は答えがもう決まっているのに、悩むふりして現実を見ていないだけ』なのかもしれません。

起こらない不確かな事で悩むよりも、現実を見て解決するために困るべきだと思いますが…人間である以上、ある程度の悩みは必要なんじゃないのかな。

でも、冒頭にも言ったように、他の事で結構クヨクヨと悩んだり、妄想したりするくせに、私は「ガン」に対して、あまり悩みません。

だって、まだ「ガン」が大きくなったり、「ガン」が転移したりしていないのに、変に妄想しても辛くなるだけだと思います。

そして、今日、うれしいお知らせがありました~~~
久しぶりの検診で、なんと!!!

初めてガンマーカーの数値が下がりました~^^

手術後でガンマーカーは自動的に下がりますし、何か抗がん剤をよんでいると下がったりしますが……
私は今別に手術後でもないし、薬は全く服用していないのにも関わらず、そういう期間に置いて初めて下がりました!!!!!!
めっちゃ嬉しかったです。
主治医の前で初めて涙を見せたのかもしれない!?(いや、二度目かな?)
うれし泣きです。いや…本当に、本当に嬉しかったよ。

もしかしたら偶々下がったのかもしれませんし、あくまでも目安なので、これで助かる!という保証も証拠にもなりませんが、
それでも、私は嬉しかったです。

2年ガンと共存してきて、初めて何も薬が無い状態で、下がった訳ですから。

でも、相変わらず、肝臓にもしかしたら5mmくらいのガンがまた見つかったのかもしれませんが、いやいや、5mmですよ!?ちょろい。大丈夫大丈夫。
もうなんか、びっくりするほどに何とも思わない。

絶対に生き残ります!

そして、主治医!ありがとうございます!!!
本当に、助かりました!

あと、母は「きっとこれは漢方の成果だ!」って自慢してきましたが…あのまずい漢方のおかげなのかどうか分かりませんが(きっと違うと思います。)、母にも本当に感謝したいです。まだ恥ずかしくて言えてませんが…きっとこっそりとこのブログを見てくれているので、ここで言います。
「毎日毎日本当にありがとう、お母さん。そして、あの漢方、もう少しおいしくしてくれるとありがたいです。(笑)」

はあ、幸せな一日でした。
こういう生き方がいいな。

高見順の有名な詩
『われは草なり』

われは草なり 伸びんとす
伸びられるとき 伸びんとす
伸びられぬ日は 伸びぬなり
伸びられる日は 伸びるなり

われは草なり 緑なり
全身すべて 緑なり
毎年かはらず 緑なり
緑のおのれに あきぬなり
われは草なり 緑なり
緑の深きを 願ふなり

ああ 生きる日の 美しき
ああ 生きる日の 楽しさよ
われは草なり 生きんとす
草のいのちを 生きんとす




草という、定められた人生だけれども、それに不平不満言う事無く、一生懸命生きている。そして来年はもっと豊かな深き緑になれるよう、根を地下深くまで張り、たくさんの栄養を吸収して、一生懸命に生きる。
その草が、また他の生き物の生きる糧になるように…
良い詩だ!

今から中学生に講演講演。
生きるってすばらしいっということ!を長々と話してきまーす。
今、一通のメールが来て、泣きそうになっています。

人の優しさに触れて…

なかなか他人の考えている事は分かりません。
でも、その行動で本当に自分の事を思っているかどうかがわかります。

利己関係以前に、人と人との関係である、という事。




私は性善説を信じています。

私は人が好きです。
あまり人を嫌いになりません。
もちろんいろんな人がいて、いろんな個性がありますし、いろんな欠点ももちろんありますが…
しかし、どんな人でも1つや2つの素晴らしいところがあります。

その素晴らしい所や自分には無い良いところに目を向けます。他人の素晴らしい所探しは得意です。
そして、自分とは違うところや、理解できないところ、また嫌いなところは、受け入れなくても良いので、「この人はこういうところがある!私とは違うのだ。」と理解し、尊重するところが大事なんじゃないのかな。

いろんな人が居るから楽しいし、刺激的なこの世界です。

私ももう少し人間的に成長していきたいと素直に感じました。