大学の学園祭って…
そういえば人生初!だと思う…多分。
食べ物何か食べようかなっと思っていたのに、それだけはナースに止められました(笑)
祭りなのに、食べれないって…(TωT)
いろんな催し事をしていて、
医学部らしい縫合体験があったり…
「なるほど、私の体はこう縫われているんだな」と妙に感心したり。
本格的なマジックショーで感動したり…
トランプのネタバレしてほしい。
最後は移動動物でずっと動物たちに囲まれながら暖をとってました。
モルモット、ウサギ…癒されました~~~~
今からビンゴ大会~
グ ラム旅行あたりますように。
10月28日、この日、ある方々とお話しし、私は「がん患者」ではなく、「ただガンを持った人」だと自分が思っていることに気がつきました。
ここでアイデンティティの話をしたいです。
私はがん患者です。しかし、それだけではありません。旅行が大好きな旅人であり、可愛いものが実は大好きな乙女であり、株を密かにやっているトレーダーです。(この2週間で20万円もうけました~)家族でいえば、母の娘であり、妹たちにとって少し怖い姉でもあります。
これ以外にも、自分でも数えきれないほど、たくさんのアイデンティティがあります。どれか一つかけたとしても、完全な私じゃなくなります。
それと同様に、どれか1つを拡大して、それがすべての私であると思われるのは寂しいのです。最近は「山下弘子=ガン患者」としか見てくれない人もいます。
もちろん「ガン」は今の私を形作っていく上ではなくてはならないものです。しかし、私の中では、がん患者である私というのは、アイデンティティの一部です。これが欠けてはいまの私ではないですが、それ以外のアイデンティティを持っていることを忘れないでほしいのです。
たくさんの人が私を見るとき、まずは「ガンとしての山下弘子」を見ると思います。たしかに、直接接していないと、それ以外の私のアイデンティティを見ることは難しいですし。
ただ、がん患者である前に、私は別のアイデンティティも持った一個人です。がん患者だけのアイデンティティしか見られていないのは、私も居心地が悪いのです。
そして、私にたくさんのアイデンティティがあるように、他の人もたくさんのアイデンティティを持っている。そして、その他のアイデンティティにも注目してほしいと思ったことはあるはずです。もしかしたら、無口で怖そうな人が、本当は可愛いものが好きなのかもしれない。チャラそうな人が彼女の前ではものすごく一途なのかもしれない。自己中心だと思っていた人が、外ではめちゃくちゃ他人思いかもしれない。
人と真剣に向き合うというのは、こういったいろいろなアイデンティティを見つめていくということかもしれません。そうやって人を見ていくと、なかなか悪い人はいないなぁ、と私は思っています。まぁ、この人間関係がたまにめんどくさかったりもします。でも、たまに楽しかったりもする(笑)。
そして、こう考えるようになったのは、私が失敗をおそれずに、自分から一歩を踏み出したことがきっかけだと思っています。私の行動が変わって、私の見方が変わったのです。そのきっかけをくれたのは、私の土台の一部である「ガン」であることにも変わりありません。
なんだか不思議ですが、楽しいです。
基本的に他人を変えることは難しいけれど、変えることができる場合もある。それにはまず、自分自身から変わることが必要だと実感しました。
もちろん、自分が変わったことで、相手を変わるのを強要してはいけません。でも、どうしても相手に変わってほしいのなら、自分自身を変えてみるしかなかったのです。
たとえば、私がガンを患ったことで、友達との対人関係に悩んだ時期がありました。友達が以前のように接してくれなくなったのです。腫れ物を扱うように接する人もいました。
「どうしたら、これまで通り、普通に私に接してくれることができるのだろうか」
私は悩みました。
私は、「がん患者」と見られることが嫌だなと思っていましたし、同情されるのもすごく嫌でした。その同情の背景には、差別が隠れていると思っていました。
しかし、結局、私が友達に態度を変えてほしいと願うだけでは、友達の態度はかわりませんでした。相手に私に普通に接してほしいとただ願うだけでは、変わらなかったのです
ただ願うのではなく、自ら声に出して、行動にしました。
「私は大丈夫、だから今まで通り私に接してね!」と。
自らその一歩を踏む出すことによって、対人関係が変わっていったのです。いまでは、友人は、「弘子ががんだと忘れていた」「弘子は死にそうにない」と言ってくれます。同情のまなざしを感じることはありません。
この経験によって、対人関係を変えたければ、まず、自分から変わることが大事だと実感したのです。
おそらくこれは、誰かと対人関係を改善したいと思うときにも共通します。私も、以前は「相手が変わってくれれば、関係が良くなるのに」と思うことがありました。しかし、相手に変わってほしいとだけ一方的に望んでも、それが実現されるのはほぼありませんでした。
相手との人間関係を変えたいときに、まず自分から言葉に出して意見をいってみることが大事です。私の場合だったら、「私はがんを患っているけれど、普通に話したり遊んだりするうえでは大丈夫。だから普通に接してほしい」とみずから切り出したことで、関係が変わっていきました。
もし、大切な人を心配しているのに、心配している人からうざがられたりしたならば、「あなたを心配しています。何か私に出来ることがあれば言ってほしい」と正直にいう。そうすることで、自分から良い関係にしていくことはできます。
そうすると、それに応えてくれるかのように、相手も変わってくれるかもしれません。
自分から一歩踏み出すことによって、もしかしたら失敗してしまうのかもしれません。相手に変に思われるのかもしれない。
変化した結果が失敗。そんなこともありますが、失敗を恐れていたら何もできません。万が一失敗しても、その失敗から何かを学んでしまえばいい。失敗を糧にして生きていかなきゃ、何も変わらないんじゃないんかなと。
「チャンレンジしたことで、もし失敗したら。そして、再度挑戦し、再度失敗したら」
このようにして、結局、何もしないのは、たしかに楽でした。
でも、「失敗したけれど、だからこそ学ぶものがあったのだ!」と失敗を良い意味でとらえたほうが良いのではないでしょうか。
そうすれば、失敗を恐れずに、自ら踏み出して、新たなものを掴んでいける気がします。
ちなみに、ある人にこう言われハッとした事があります。
『失敗ってある意味チャレンジした証拠でもあるような気がする。失敗は挑戦の証拠なのだから、といった考え方も、失敗をよい意味で捉えることになるのかな』
と言われた事があります。
それと、相手を変えたいと思うことについて。相手をまっすぐ一方向から見るのではなく、360度、四方八方から見ることで変わってくることもあると思います。もしかしたらその変えてほしい部分は、相手の悪い部分かもしれないけれど、良い部分にもなっているかもしれない。
たとえば、私の場合。
先ほどあげた友達にいままでどおりに接してもらいたい、特別扱いされたくはない、と言いましたが、違う方からこの事を見ると、私を特別扱いしてくれるのは、もしかしたら友達が私のことを大切にして、その気遣いとも考えられます。
このように、視点を変えることによって、相手は変わってきました。自分が相手をどう見るのか、どう評価し感じるのかによって、相手は変わったのです。
これは普段の人間関係にも当てはめられました。たとえば、「この人は嫌な感じがする人だ、私に敵意を持っている人だ」と勝手に感じていた人がいます。しかし、相手を別の角度から見たら、もしかしたらその人は「自己表現が苦手な人」であったり、「心の底から心配していると、返って厳しく接する人」かもしれません。
敵意を持っていると思い込んでいた人が、じつは私に関心を持ってくれていた、といったことに気がついた経験が何度かあります。
こうやって、自分の見方が変われば、相手は何もしなくてもすでに変わったと気がつくことがあります。
『神よ、願わくば私に、変える事の出来ない物事を受け入れる落ち着きと、変える事の出来る物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ。』
と書かれています。
また、アドラー心理学において
『大切なのはなにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うのかである』
とも書かれています。
私たちはよく他人の良いところを見て、神様って不公平、なんで私はこうで、あの人は神様から何もかも与えられているのだろうかって思う事はあると思います。
私の友達にも、神様から美貌、財力、能力、頭の良さ、健康などすべてを与えられている友達が何人も居ます。
いいなあ~って思う事ももちろんあります。
だってうらやましいんだもん。ね~
でもね~
今は全くと言っていいほどうらやましくない。たまに良いな~とはちょくちょく思いますが。←
与えられたモノと
与えられたものを100%使って自ら切り開いていくモノ
与えられたものを変える事は出来ません。
生まれ持った家庭、生まれ持った姿、生まれ持った背景などなど…
私の場合、生まれ持ったこの健康に少し問題があった事=ガン
がんになった=不幸
ではなく
ガンになったけれど、ガンを今すぐに変える事は出来ないからけれど、その状態で精一杯生きる事。
ガンになったけれど、ガンになってても私は幸せになりたい。
そして、私は今幸せです。
与えられたものを変える事はできないが、与えられたもので精一杯生きる事。
ガンで泣き悲しむ方が楽だけれど、それじゃ何も変わらない。
ガンでおもいっきり笑う事は難しいけれど、いざそれを勇気振り絞って実践してみると、私は今とても幸せです。
昨日から本格的に治療が始まりました~
本格的な治療が始まるおとといに少し病院を抜け出して、大阪にお出かけ~脱出脱出。
そしたら、道頓堀でまさかのグリコの開幕式に出会えたの!!!
半径200m圏内に綾瀬はるかがいてたの!
わお。
でも人が多すぎて、見れなかった…(TωT)
しょぼーん。
見たかったな…ドラマでも見て癒されとこ~
今日は心電図と採血だけすれば、後は検査なし!
というわけで、もう一度脱出劇を繰り広げたいと思います。
うそうそ、普通に一回家に帰るだけです。
血液検査に何も問題がなければの話だけれども~まあ、大丈夫でしょ!