原子力を思い浮かべるたびに毎回思うことは、
物というのは、使い方よって全く違うものになってしまうということです。
正しい目的と用途で使えばどんなものでも素晴らしいものとなり、
間違った目的と用途で使えばどんな素晴らしいものでも凶器に変わります。
これは何に対しても言えることですが...
麻薬ですら、正しい目的で使えば、医療の為に役立つものになりうるのですから、本当に不思議です。
残念ながら、十分に身に染みてわかっているはずなのに、人類は同じ間違いを繰り返します。
そこで、見方を逆にしてみると良いのではないかと思いました。
日本には、「弘法筆を選ばず」という諺があります。
素晴らしい腕の持ち主であれば、どんな筆でも美しい文字が書けるという意味です。
また、開国直後ヨーロッパに渡った日本人は、その立ち振る舞いが素晴らしく驚かれたそうです。
つまり、磨くべきは技術ではなく、我々の人として立ち振る舞いの方なのではないかと思うのです。
技術力ばかりを追求しても、それを使いこなせるほど人間はまだ成熟していないのかもしれません。
スマホ依存はスマホが悪いわけではなく、スマホに使われてしまう人間の方に原因があります。
そんな視点で人類の進歩を再考すると、新たな発見があるような気が致します。