私たちの年齢になると、
何もしないままでは、正直なところ大変なことになる。

 

白髪は出てくる。
代謝は落ちる。
女性ホルモンも減って、痩せづらくなる。
肌は乾燥し、シワも増える。
お尻や胸は、重力に逆らえなくなってくる。

 

これは脅しでも何でもなく、
40代以降の女性なら誰もが向き合う現実。

 

そんな中で、エイジングケアや美容に対する考え方は、大きく二つに分かれるように感じます。

 

ひとつは、
「ありのままの自分でいい」という人。

もうひとつは、
「年齢に抗ってでも、少しでも美しくいたい」と努力する人。

 

もちろん、美意識は人それぞれ。
どんな生き方を選ぶかは、その人の自由。

 

けれど私は、ときどき思う。

「ありのまま」という言葉を、
ただ何もしない言い訳にしていないだろうか、と。

 

本当に自分を大切にしている人の“ありのまま”と、
手をかけることを放棄した“ありのまま”は、まったく違う。

 

美意識のない「ありのまま信仰」は、
もしかしたら、自分を粗末にしていることと同じなのでは。

 

年齢を出すと、私たちはつい言い訳がしやすくなる。

「もう歳だから」
「今さら頑張っても仕方ない」
「自然体が一番だから」

 

そう言えば、誰も強く責めません。
むしろ「そうだよね」と優しく流してくれる。

 

でも、少し考えてみてほしい。

子どもを“ありのまま”に任せていたら、どうなるか。

 

お菓子やジュースを好きなだけ食べ、
歯磨きを嫌がり、
夜更かしをしたがる。

 

それを全部「本人の意思だから」と放っておいたら、
健康な心と体は育たない。

 

ペットだって同じ。

しつけをしなければ、人間との快適な共生は難しくなる。
トリミングをしなければ、清潔さも保てず、健康状態の変化にも気づきにくくなる。

 

お花だってそう。

買ってきたまま花瓶に挿すだけより、
水切りをして、毎日お水を替えて、少し手をかけてあげるだけで、花もちはずいぶん変わる。

良い状態で、長く美しく咲いてくれる。
そしてその姿は、見る人の心を癒してくれる。

 

人も同じだと思うのです。

美しさは、放っておいて保たれるものではありません。
品も、清潔感も、若々しさも、健康も、
日々の小さな手入れによって育っていくもの。

 

私たちは40歳を過ぎると、
「年齢」という印籠を掲げて、
“仕方ない”という大義名分を持ちやすくなる。

 

言い訳はいくらでもできる。

「だって歳だもん」
「忙しいんだもん」
「家族のことがあるんだもん」
「今さら自分にお金をかけるなんて」

 

きっと、誰も責めません。

でもね、気づいてほしい。

それは本当に、あなたが望んでいる姿?

 

忙しくて、優しくて、責任感のある私たちは、
自分のことを後回しにするのがとても上手。

家族のため。
仕事のため。
周りを丸く収めるため。

 

そうやって自分を後回しにしていることに、本当は気づいているのに、
「これでいい」と自分に言い聞かせていない?

 

5年後、10年後の自分の美しさや健康から、
そっと目を逸らしていない?

 

私は、年齢に必死に抗えと言いたいのではなく、

自分を雑に扱うことを「自然体」と呼ばないでほしいということが言いたの。

 

手をかけることは、見栄ではありません。
美容にお金をかけることは、贅沢だけではありません。
自分を整えることは、自分を大切にするという意思表示。

 

人は、いつからでも良くなれる。

肌も、髪も、体も、装いも、姿勢も、心も。


少しずつ手をかけてあげれば、必ず応えてくれます。

だから、もっと信じてあげてほしい。

「私はもう遅い」ではなく、
「私はまだまだ良くなれる」と。

今日からでいい。
小さな一歩でいい。

自分を諦めない女性は、何歳からでも美しくなれる。

一緒に、もう一度、自分を大切にしていきましょう。