今回の地震の影響で日本経済は大きな影響を受けています。今後、日本の経済はどのような展開になっていくのでしょうか?
 


結論的に言いますと、これから、来年に向けてインフレ状態になり、円安、物価高になっていくでしょう。 
 

現在、東北地方は各幹線道路、太平洋側の港湾施設、どこから手を付けたらいいのかという状態です。東北地方は日本の基幹産業である自動車、半導体の部品メーカーが多く、さらには農産品、水産品の国内有数の産地でもあります。今回の地震後、この工業群の中で、再開の目途がつくところがやっとできてきたという状態です。農業や漁業はほぼ壊滅状態と言えるでしょう。

自動車を作るにも数万点の部品がいりますが、東北の工場は自動車の部品を作っていたところが多く、他に供給基地を求めることができるのかというと、日本の部品メーカーの技術の高さがゆえに代替品ができない状態となっています。さらに問題なのが東電の計画停電です。半導体などの精緻な部品を製造するには電力の継続的な供給は欠かせませんが、電力の供給不足が今回の原発の事故で恒常的なものになってしまったということです。
 


東電は以前のように十分な電力を供給し続けることはできません。廃棄した火力発電などを復調させていますが、福島原発の大きな穴を埋められる目途はないのです。となると、この東電の管轄地域、東京都をはじめとする1都8県はもはやエネルギーの供給がほとんど今の状態と変わらない状況が続くしかないということです。この東電の管轄地域の、日本のGDPに占める割合は4割ということです。関東圏はエネルギー不足となって経済成長が難しくなるのです。
 

一方で政府のバックアップで、巨大な復興事業が始まります。まずはインフラの回復からです。道路や港湾、鉄道、そして住宅など膨大な復興事業を展開しなければなりません。今回の地震は阪神大震災の時と違って、東北地方の太平洋側、ほとんど全域に被害が広がっています。これをなるべく短期間に回復させなければなりません。高度成長期のような建設ブームが生まれるでしょう。国内に巨大な資金を投入する必要があるのです。
 

このように日本は、復興という需要拡大と、一方でエネルギー不足による供給力低下という要因を持つことになりました。復興需要は膨大な資源が必要となりますから、原油や鋼材など輸入は大きく増えることでしょう。一方で輸出は、どうしても停滞するでしょう。 となると、今の貿易黒字は赤字に向かいます。また、復興需要と言っても、国債発行を伴う巨額な財政出動をするしかありません。今の国の財政状況を照らし合わせて貿易赤字に向かえば、当然中長期でみて円安方向となるでしょう。
 

そしてこの需要拡大と供給不足が何をもたらすかといえばインフレです。現在世界中で資源価格が高騰しています。これから日本は膨大なインフラ整備が必要なわけですが、このインフラ整備に使うのは何でしょうか? 鉄です、銅です。新興国は急激な発展をして資源の値段が急上昇してきています。地震を契機としてこれらの資源をこれから爆発的に必要とするのが日本なのです。鉄が高いからって道路や鉄道、港湾の整備を後回しにすることはできないでしょう。これらの資源として、鉄や銅が必要なのです。


エネルギーはどうでしょうか。全世界で今回の福島原発のことが報道されました。世界的に原発に対するアレルギーが高まってきており、各国で原発計画の見直しが相次いでいるのです。世界各国はエネルギー源を原子力以外に求めるようになるでしょう。となると、現実的には火力発電しかありません。太陽光や風力はまだ力にならないのです。となると再び石油、石炭ということになります。石油の値段も石炭の値段もすでに急騰していますが、今後も大きく上昇するトレンドなのです。
 

食料はどうでしょうか? 今回の地震で被害を受けた東北地方は穀倉地帯であり、日本で一番の漁場です。全滅状態です。しかし、この状態が一段落して落ち着くと、食料は一気に値段が上がってくる可能性が高いでしょう。供給が少なくなるからです。 

このように考えていくと、本格的な物価高が始まりそうです。

 経営コンサルティングを行う場合、情報収集は現場から入手することが原則だとお話しました。その情報も偏っている場合がありますから、別の立場にいる人からも情報を入手することによってダブルチェックすることが望ましいのです。昨日同様、現在、問題になっている原発を例にとってみます。

 以下は、インターネットで収集した、20年間、原発での現場で働いていた平井憲夫氏の手記です。

  

原発がどんなものか知ってほしい(全)

 (まえがき、目次省略)

私は原発反対運動家ではありません。


 二十年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。

 はじめて聞かれる話も多いと思います。どうか、最後まで読んで、それから、原発をどうしたらいいか、みなさんで考えられたらいいと思います。原発について、設計の話をする人はたくさんいますが、私のように施工、造る話をする人がいないのです。しかし、現場を知らないと、原発の本当のことは分かりません。

 私はプラント、大きな化学製造工場などの配管が専門です。二○代の終わりごろに、日本に原発を造るというのでスカウトされて、原発に行きました。一作業負だったら、何十年いても分かりませんが、現場監督として長く働きましたから、原発の中のことはほとんど知っています。



「安全」は机上の話


 去年(一九九五年)の一月一七日に阪神大震災が起きて、国民の中から「地震で原発が壊れたりしないか」という不安の声が高くなりました。原発は地震で本当に大丈夫か、と。しかし、決して大丈夫ではありません。国や電力会社は、耐震設計を考え、固い岩盤の上に建設されているので安全だと強調していますが、これは机上の話です。

 この地震の次の日、私は神戸に行ってみて、余りにも原発との共通点の多さに、改めて考えさせられました。まさか、新幹線の線路が落下したり、高速道路が横倒しになるとは、それまで国民のだれ1人考えてもみなかったと思います。

 世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、きびしい検査が行われていると思われています。しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートの中には型枠の木片が入っていたし、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。一見、溶接がされているように見えていても、溶接そのものがなされていなくて、溶接部が全部はずれてしまっていました。

 なぜ、このような事が起きてしまったのでしょうか。その根本は、余りにも机上の設計ばかりに重点を置いていて、現場の施工、管理を怠ったためです。それが直接の原因ではなくても、このような事故が起きてしまうのです。



素人が造る原発


 原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。机上の設計の議論は、最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるのか、現場がどうなっているのかという議論は1度もされたことがありません。

 原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。

 日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、どこかで故障が起きるとちゃんと止まるようになっています。しかし、これは設計の段階までです。施工、造る段階でおかしくなってしまっているのです。

 仮に、自分の家を建てる時に、立派な一級建築士に設計をしてもらっても、大工や左官屋の腕が悪かったら、雨漏りはする、建具は合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なのです。

 ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。それが十年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。それが今の原発の実情です。

 例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、1歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になっていたところでした。本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大事故につながるかの認識は全然なかったのです。そういう意味では老朽化した原発も危ないのですが、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。

 現場に職人が少なくなってから、素人でも造れるように、工事がマニュアル化されるようになりました。マニュアル化というのは図面を見て作るのではなく、工場である程度組み立てた物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ねるようにして合わせていくんです。そうすると、今、自分が何をしているのか、どれほど重要なことをしているのか、全く分からないままに造っていくことになるのです。こういうことも、事故や故障がひんぱんに起こるようになった原因のひとつです。

 また、原発には放射能の被曝の問題があって後継者を育てることが出来ない職場なのです。原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付けていて、互いに話をすることも出来ないような所ですから、身振り手振りなんです。これではちゃんとした技術を教えることができません。それに、いわゆる腕のいい人ほど、年問の許容線量を先に使ってしまって、中に入れなくなります。だから、よけいに素人でもいいということになってしまうんです。

 また、例えば、溶接の職人ですと、目がやられます。30歳すぎたらもうだめで、細かい仕事が出来なくなります。そうすると、細かい仕事が多い石油プラントなどでは使いものになりませんから、だったら、まあ、日当が安くても、原発の方にでも行こうかなあということになります。

 皆さんは何か勘違いしていて、原発というのはとても技術的に高度なものだと思い込んでいるかも知れないけれど、そんな高級なものではないのです。

 ですから、素人が造る原発ということで、原発はこれから先、本当にどうしようもなくなってきます。

(中略)

どうしようもない放射性廃棄物


 それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。

 日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。

 しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。

 現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。

 もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいます。去年(一九九五年)フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、三〇年から五〇年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。

 原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんですよ。

 私が五年程前に、北海道で話をしていた時、「放射能のゴミを五〇年、三百年監視続ける」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて、「お聞きしていいですか。今、廃棄物を五〇年、三百年監視するといいましたが、今の大人がするんですか? そうじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいますか。

 それに、五〇年とか三百年とかいうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の五〇年であり、三百年だということです。

(中略)

原発がある限り、安心できない


 みなさんには、ここまでのことから、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。

 チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。

 でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用です」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。

 原発は確かに電気を作っています。しかし、私が二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということです。それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。

 みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。

 それから、今は電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。それは、今作っている以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。

 そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。

 だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。

(以下略)

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先日の菊池陽一氏は原発反対運動家でしたが、平井憲夫氏は原発反対運動家ではないといっています。二人の話に共通した点も多いと思いますが、読者の皆さんはいかがでしょうか。ダブルチェックすると情報の正確性も高まると私は考えています。

原発に関するマスコミの報道は信じられるでしょうか。経営コンサルティングの基本は一に現場、二に現場ですから、福島原発第一原子炉を設計施工管理した元GE技術者の菊池氏の講演(2003年3月31日三重県海山町)を聞いてみましょう。



●原子力の技術は全然確立していなかった

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  いろいろやってきたわけですけれども、実際に働いてみますと、原子力の技術というのは全然確立していなかった。もう詳しい話は技術的な専門的な話になりますのでいいませんけれど、とにかくハチャメチャなんですね、施工で。施工というか原発を造っていく工事の段階で。工事のミスが出るということは人間のやっていることですから、よく起こることですけれども、問題なのは設計そのものも十分検討されていない、いいかげんな感じで工事が進められていました。ですから建設中にしょっちゅう変更がある、そのことにもびっくりしましたけれども、送られてくる図面があちこちぶつかっていたり、そういうことにもびっくりしました。自分でチェックしてみて余りにもぶつかっているので、びっくりしましたけれども、とにかく確立された技術じゃないということです。

●原発が嫌になった2つの理由・・ヒバク労働とお金
  ですから原発は事故もそうですし、テロに対してもそうですし、危険性という点からいけば、まったく割に合わない発電方法です。先程もちょっといいましたけれど、お湯を沸かすだけなのですよ。原子力発電所といったらですね、原子力で特殊な方法で電気を作っていると思ったら大間違いなんです。お湯を沸かして、その蒸気でタービンを回している点では火力発電と何にも変わらない。ですから「原子力やかん」といった方がいいのです。
  ただお湯を沸かすだけのためにですね、なんでそんな危険なことをしなきゃいけないかということになってくるんです。原子力に関して、その危険性のいろんなことをいっていく時に、どうしても技術用語や専門用語が出てきてしまうので、初めての人には話しにくい面もあるのですけれど。
僕が何で原発が嫌になったかというと、最初は原発こそ自分がぶつかっていくべき対象だと思って、情熱のすべてを傾けてやってきたのですけれども、原発を離れましてですね。だんだん、だんだん、原発が嫌になって、それで最後には原子力発電所を目の敵にするくらい嫌になってしまったのです。
  その大きな理由の一つはですね、原子力発電所が動いている限りは、被曝労働者を必要とするのです。必ず自動車でも車検がくると、高いお金かけて車を整備してもらいますけど、原発も毎年止めて、炉を点検して修理したりしなければいけないのですけれど、これが大体が被曝作業なんですね。
  僕は原子炉のリアクタービルディングと呼ばれているような一般的な配管とかバルブやポンプのあるところだけじゃなくて、お湯を沸かす原子炉の中にも入るような仕事を経験しています。これは古い原子炉でやっています。これはとんでもない被曝作業で、外国人の労働者をたくさん使ってやったんですけれども、大変な恐怖の仕事です。そういうことが原子力発電所がある以上は続くということですね。何もそんなことしなくても、別な方法で電気を起こせばいいのです。そんな必要がないということです。
  それとですね、同じくらいのウエイトで嫌なのは、原発の建ったところの地方自治体の行政が腐りきってしまうことです。みんなが苦労して、汗水たらして働いて払った税金が軽くみられるようになります。原発の交付金というのは、それだけ一時的には大きいのです。でも、それによってみんなにお金が等しくまわって豊かになるかというと、そんなことは全然ないんですね。まず県に入ります、金は。そこの町や市にも入りますけれども、それが今までの地方財源に比べれば非常に大きい額ですから、もうそれも紐付きで、開発だとかいろんなもの使わなければいかんという項目が決められていて、道路とか例えば箱物といって建物を作るとか、そんな事にばっかり使っている訳です。だから土建屋さんは儲かるかもしれない。でも一般の人たちに等しくお金が渡る訳ではないですね。全然入らないという感じの人がほとんどな訳です。その町からちょっとはずれると、その辺は被害があった時は、同じような惨めな目に遭わなければならないのだけれど、補償は一切入らないということになりますし、何よりも行政が腐ってしまいます。
  道路作っても箱物作っても、自分が作ってやったみたいな態度になるから、役人の態度は大きくなります。もうさんざん見てきました。それは日本中で、その地方の人達が明るくみんなで仲良く暮らしていこうと思った時に、原発がくればお金もくるけど、町のそういう温かみだとか、そういうものはなくなります。
(中略)
●技術万能というわけにはいかない
  ですから、その古い原子力発電所が危険だということはもちろんいえますけれども、新しい原子力発電所だから安全かというと、そんなこともありません。新しいものにすると、また新たな問題がどんどん出てきている。僕は今度の旅で新潟県の柏崎・刈羽原発のPR館に行って、さんざんこんなに良いという宣伝を聞かされてですね、改良型がどうのこうのと聞きましたけれども、まったく世界でも新しい、アメリカにはない 135何万KWというような炉でもしょっちゅう事故っています。もうまたかというぐらい、数えきれないくらい事故っている。それは何故かというと、確立された技術ではないからです。これはその溶接技術だとか、金属のことを扱う学問として冶金工学といういい方をしていますけれども、そういう冶金工学上の現代技術の限界というものもあるんですね。そういうものを隠したまま、もう技術は大丈夫だというような事をいいながら原発を造っております。
 それはいくら安全だといっても、運転してみればわかることで、絶対こんなことがあっちゃいかんというような、炉の中の大事な部分を支えている大きな部品が 360°、1周にわたってヒビ割れだらけになって、それを何とか補修したら、今度は下の方にまた 360°ヒビ割れして、それをまた補修して。そんなことではどうしようもないということで、その部品を大がかりに交換したりもしております。
  新しいものには新しい技術的な不安があります。今いったように技術万能というわけにはいかないんですよね。どんなものでも故障は出ます。車でもそうです。ですけれども、原発の場合はいったん事が起きたら、みなさんもチエルノブイリの事なんか新聞、テレビでよく見ておられると思うんすけれども、いったん事があった時には大変です。電力会社や国はそんな事は絶対に起きないということをいいきります。僕は東京電力に交渉したりいろいろしましたけれども、とにかく起きないといいはるわけです。でも実際、電力会社は自分の原発のことを知りません。僕がいろいろ説明をしますと、「へえっ! そんなことあったんですか」といってびっくりするわけですけれど、調べてみると僕が言った通りになっていると。でも今更運転している原子炉を止めて、配管を全部取り替えるなんてことは出来ない、「見ているから大丈夫です」の一点ばりなんですね。とにかく電力会社は現実を知りません。
  それはそうですよ。原発の工事現場では、電力会社が一番上にいて管理しているわけですけれども、実際に工事するのは東芝や日立や日立プラントや、IHI(石川島播磨重工業)や三菱や三菱重工、そういった原発メーカーの人達が管理してやっておりますし、いろんな不具合が出てきたときには、自分たちに不利な事は当然お客さんの電力会社には隠しておくようにします。
下請け、孫請け、曾孫くらいが工事しているのが原発現場ですから、そういうところで起きた事故、建設中ですからミスですね、工事ミスを包み隠さず上の会社にいうかというと、まずいいません。そういうことを素直にいってくれというとを、電力会社はよく現場の所長会議とかでそういうことをいうんですけれども、決していっていません。いっていたら現場から締め出されてしまいます。そんなことやる業者を使うなという圧力がかかりますので。ですからなかなか理想的な工事はできない。こういう工事の不具合のことをあまり今日いうつもりはありませんので、技術的に関心のある方は後で聞いてくれれば、僕の分かる範囲内で答えます。

(中略)

●原発は今新しいものを造るより、古いもの壊す方が高い時代
  ですから、原発を造って何がいいか。出来た後になったら、これずーっと事故の心配せないかんですよ。いつ事故が起きるかわからんですから。発電が終わった後、どうするかという問題も残ります。まず、撤去することは不可能です。国は更地にして次の原発をまた造るような計画で、30 年前ぐらいは一生懸命いっていましたけれど、一つ壊してみればわかります。商業用の大きなプラントを壊すということは、経済的に不可能です。物凄くお金が掛かりますから。今新しいもの造るより、古いもの壊す方が高い時代です。まして放射性廃棄物ですから、安全にそれを処分しようと思ったら、とんでもないお金が掛かります。その間にも公害がでます。
  ここははっきり立ち場上いえるんですけれど、僕は推進派だったんですからね、こうだから安全だ、こうだからお金が入るからと、何かあって反対されたら、僕は原発を肯定することにかけては日本の企業に売りつけてきた人間ですから、今推進派がいっているようなことはもっと上手にいえます。原子力の安全性の多重防護の問題、いろんな事いえます。でも、そこに一つ落とし穴がある。何かといったら放射性廃棄物です。これに関しては、いずれ科学が解決してくれるだろうという楽観論です。でも、そんなことは簡単にはできません。
  原発を肯定する人は被曝労働の実態を知りません。電力会社が見せる管理手帳だとか、放管といいますが放射線管理がいかに徹底していて安全かということしかいいません。だけど僕の知り合いでも、身内が被曝して死んだということを告白した推進派の建設会社の社長もいます。今更文句いっても電力会社が補償金払ってくれるわけでもないし、裁判で闘って金とるには時間がかかるし、いまでも東京電力の柏崎・刈羽の工場を請け負っているし、東海1号機からずーっとうちは原発でやってきたんだ、今更反対できんと。反対したからといって、死んだ人間が帰ってくる訳でもない。従業員もいっぱい抱えている。だけど原発に代わるエネルギーがあるんなら、そっちの方をやるべきだといって、僕を励ましてくれた社長もいます。福島県で会いました。

●炉の中の仕事はきれいごとではすまない
 推進する側の人は本当の原発の実態を知らなさすぎます。僕は原子炉の中の、配管と原子炉のつけ根、ノズル部分が折れそうになるようなヒビ割れが 360°入って、その補修工事をしました。まず炉内の洗浄をするわけなんですが、もちろん、そこに人間がいたら大変な被曝をするから、ちょっと離れたところから、長いノズルという棒の先から水がものすごい勢いで吹き出すようにしてやる。でも人間が放射能まみれの炉の中に入っていくことは確かです。
ですから燃料交換する炉の中に、鉄のゴンドラに人間を乗せて、それをクレーンで天井から吊って炉の中に下ろしてやります。そうして炉を洗いますが、水の反動でゴンドラが揺れるわけです。そうすると原子炉は直径6mもありませんから、半径3mもないわけです。非常に怖いんですね。だからどうやるかというと、上の方で人間が4人で四方からゴンドラを引っ張ってやるのです、フラフラしないように。そうやって原子炉についている放射能だらけの水垢を削り落とすような勢いで洗って下りていくのですけでど、そんな仕事やってみた人いますか、怖いですよ。
 それが洗い終わってはじめて、赤い鉛の座布団がつながったような、あの病院でくれるつながった粉薬の袋みたいな、そんな鉛の綿が入った放射線を遮蔽するもので洗い終わった原子炉の壁を覆っていきます。赤いといっても普通の錆びた橙色に近いような色ですけれども、それを 360°被せましたら、はじめて鉄の遮蔽を組み込みます。その鉄の遮蔽を組み込んだ中に入って行くのも怖いです。だけどはじめは何にも無いところ、ものすごい放射線の中に人間が入っていって原子炉を洗う事から仕事が始まるんです。そういう事は外には絶対分かりません。
炉の中だけじゃなくそれを回すポンプの分解、修理、点検。その時は遮蔽も何も設けられません。ですからバイロンジャクソンというGEの下請会社で一番詳しい原子炉の開発者たち、ポンプメーカーの従業員はもう10年前、僕が働いていた時の人間はだれもいません。みんな被曝して嫌だから辞めていっています。
地元の人達が原発で働くというのは、まあ芝刈ったりとか、庭の手入れとか、その程度が多いですけど、いずれ原発の中で、定検作業で掃除なんかで入る人も出てくるかもしれない。他から来る人達がやっぱり被曝作業する。とにかく原発があったら被曝作業は避けられないのです。電力会社なんかは常に安全だと、管理しているから安全だということをいいまくります。だけどそれは僕のように原発の中で働いてきた人間、まして原子炉の中でも働いたことのある人間として、そんなきれいごとでは絶対に済まないということがはっきりいえます。
 僕も白血球が急に倍くらいに増えて、子供がいるから非常に不安だったことがあります。まあ幸い10 日くらいで白血球が元に戻ってくれたので、また現場に入って仕事を続けましたけれども。それは僕は統括安全管理者として作業員の被曝線量を管理したり、安全性をちゃんと保つための責任者でしたから、入らないわけにはいかないから続けたんですけど、本当に苦しいもんですよ。家族がいたりして、そういう仕事せにゃいかんというのは。それやらなかったら他の人達が被曝がどんどん増えるわけですから。マイナス面さえ隠しておいたら、原発って非常にいいように思えるんですよ。

(中略)

●技術者は生命がけ。そしてぼろぼろに。
  中で働いている人間は、原発のことは本当によく分かります。ほんとうに安全なものを造るためには生命がけですよ、造っている人間は。僕もほんとうに頭が下がるくらい。でも実際死んだ人もいますよ。立ち上げて終わったその日の晩に、安心して死んだ所長いますよ。僕と最終検査を一緒にやった人で。それくらい死に物狂いで安全になるためにやります。だから僕は原発推進の技術者たち、推進というよりも造っている技術者たちを批判する気持ちは全然ありません。持てる力の総てで安全なものを造ろうとして4年、5年闘いますよ。
だから建設が終わって、第一格納容器と呼ばれる原子炉まわりに人が入れなくなるとき、大きな荷物を搬入するためのアクセスハッチという大きな円形の扉がありますが、それが閉まったらもう運転に入りますので人は一切入れなくなります。そのハッチが閉まるまでに4年くらいかかるのですね。関係者はみんなそのハッチの前に集まってですね。もう涙をボロボロ流して、じーっとその閉まっていくのを見ます。
 ですから、その建設の4年間は家族ともあまり時間を持てない。東芝、日立なんかだったら、もう週末の休みもないというくらいです。残業時間が 200時間越したら残業手当がつかない。でもそれ以上やってるんです。それで、じゃそんなに働いてどうするんだといったら、もう安全なもんを造ろうと労力を使い切って、ぼろぼろになっているんですね。だからもう1銭も残らんといっていました。みんな飲んでしまうといっていました。もう飲まずにいられんといって。下請けも思うようにやってくれない。あすこミスった、ここミスったといったら、やり直さにゃいかん、その工程を取り戻さなければいかんということでですね。
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もうそれは、本当に現場の技術者たちと自分も主になって働いて、僕は監督のまた監督という立場であっても毎日現場で図をみて働いていましたから、その苦労はよくわかります。だから建設の人達を責める気は一切ないのですけれども。まして、僕は原発の全部に係わるまとめ役していましたので、そういう立場で原発を押し進めてきた人間として本当は反対派に回りたくないんですよ。ぼくの青春のすべてをかけたのが原発ですから。でも、今度は生命がけで、それに反対せにゃいかんぐらい大変なものなんだと。本当に技術的な事はめんどうくさいし、いうのも大変ですからいいませんけれど、一般論としてですね、原発はやっちゃいかんと思います。
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(中略)

●電力会社にも国にも隠される極秘情報
 本当に原発ぐらいウソだらけのことはないのです。GEの僕はトップシークレット(極秘) を見れる立場でやっていましたから、赤いトップシークレットの判を押したそういうテレックスをよく見ましたけれど、電力会社にも国にも隠しているトップシークレットってあるんです。そういうものはみんな隠されたまま安全だと宣伝されているんです。
  だからアメリカのGEの、一番原子炉に詳しい開発者達が、僕が辞める1年くらい前に3人揃って辞めました。定年退職前の高級技術者たちです。もう博士号持って、日本のGEの原子力の開発をずっと担ってきた有力なメンバーです。そういう3人がですね、必ず事故ると、このままだったらいつか必ず事故ると。いつ、どこでといえないだけだっていって辞めました。その事故った時がその辺の交通事故とは違うということをですね、みんなよく考えて、それでこういう所に原発が造られないように一生懸命がんばってほしいと僕は思います。
  今回も僕は串間市から、宮崎県からずっと浜岡原発に行って、横浜で話して、埼玉へ行って、東京へ行って、山梨へ行って、長野に行って、新潟に行って、福島へ行って、やっと帰れるなと思ったとき、ここの話が出ました。これは隣の南島町から引き返したことあったけど、ここまで足のばさなかったから。実は回っては帰ったのですよ、大阪まで。だけどここは通過しただけでしたから。でも原発に反対する人というのは、僕の本当にいま命懸けでこれからやっていこうということの線に沿って運動している方ですので、実はもうくたくただったんですけど、昨日ですね、東京出発してきたんです。実はスタートは東京じゃなくて福島県だったんです。福島県から今東名が工事だらけで渋滞が続くんですけれど、それを車の中でちょこちょこ仮眠しながら、2時間くらい寝たような状態でここへやってきました。本当にみなさんの気持ち、原発に反対して止めたいという気持ちが僕はうれしいんです。 





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これで一応僕の話はやめます。何かありましたら、答えられる範囲内のものであれば答えたいと思いますけれども終わります。

(以下略)

ネットから探し出した菊池さんの講演の一部をそのままここに掲載させていただきました。

読者のあなたは、菊池さんを信じますか、それとも、「大本営発表」(政府、東電、そして大学教授の人たちのいうこと)を信じますか。僕は菊池さんの言っていることを信じます。他にも裏を取っています。

津波の被害、福島原発、計画停電、いま、深刻なニュースが続いています。自分や家族の安全を確保するために、必要最低限の情報を得ることは大切です。ですが、そうしたニュースを見続ける危険性もあるように思います。「人によっては催眠にかけられたようにテレビの前から動けなくなる人もいる」というくらいに影響力が強いものです。

一方では、希望につながる情報もたくさん溢れてきていることにも意識を向けていく必要があると思います。偶然に見たブログに、mixiの「しあわせはいつも自分のこころがきめる」というコミュニティから転載された数々の心温まる言葉が紹介されていました。

@hirata hironobu

2歳の息子が一人でシューズを履いて外に出ようとしていた。「地震を逮捕しにいく!」とのこと。小さな体に宿る勇気と正義感に力をもらう。みなさん、気持ちを強くもって頑張りましょう。

段ボールに感動 @aquarius_rabbit

ホームで待ちくたびれていたら、ホームレスの人達が寒いから敷けって段ボールをくれた。いつも私達は横目で流してるのに。あたたかいです。

@copedy「韓国人の友達からさっききたメール。(日本語訳後)

『世界唯一の核被爆国。大戦にも負けた。毎年台風がくる。地震だってくる。津波もくる……小さい島国だけど、それでも立ち上がってきたのが日本なんじゃないの。頑張れ超頑張れ。』

国連からのメッセージ@akitosk

国連からのコメント「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。今回は国連が全力で日本を援助する。」 に感動した。良い事をしたら戻ってくるのです。これがいい例なのです。

@gomi_sweet

いろんな国が支援をしてくれている。中国は日本を支援するのは初めてだそう。

四川大地震の時に日本の迅速な支援があったからだそうです。優しさは優しさでいつか返ってくるんだなと。それは国と国 もちろん人と人も同じとつくづく思わされる。

渋滞した交差点での出来事@micakom

一回の青信号で1台しか前に進めないなんてザラだったけど、誰もが譲り合い穏やかに運転している姿に感動した。複雑な交差点で交通が5分以上完全マヒするシーンもあったけど、10時間の間お礼以外のクラクションの音を耳にしなかった。恐怖と同時に心温まる時間で、日本がますます好きになった。

外国人から見た日本人@kiritansu

外国人から見た地震災害の反応。物が散乱しているスーパーで、落ちているものを律儀に拾い、そして列に黙って並んでお金を払って買い物をする。運転再開した電車で混んでるのに妊婦に席を譲るお年寄り。この光景を見て外国人は絶句したようだ。本当だろう、この話。すごいよ日本。

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日本人ってすごい!!

このブログを書かれたCさんの最後の一言に、目が覚めました。

「さぁ、 ふさぎこんでる暇はないですよ( ^^) _U~~ 私たちは、私たちのできることをしていきましょう!」

 最近、グローバル人材の育成というテーマで研修プログラムの作成等の依頼を受けることが多くなりました。前回のブログでは戦略とリーダーシップの関係について考えてみましたが、今回はその延長上で、グローバル人材の捉え方について考えてみたいと思います。


 現在、日本の多くの企業では、グローバルな視野の下で事業戦略の再構築等が進められていますが、その中にあって、人材の調達、育成は大きな課題です。グローバル事業戦略を実現する上で、人材は重要なカギであり、ともすればボトルネックとなるリスクでもあるからです。


 ビジネスをリードする事業サイドからは、グローバル人材を育成しなければならないという危機感が強くあるようです。一方で、グローバル人事を担当する本社人事部の危機意識も高い一方、遅々として前に進まないのが実態のようです。


 何が問題の原因になっているのでしょうか。事業戦略の実現に向けては人材を採用、育成することがカギとなり、中でも人員計画と人材育成は重要です。しかし、人事の視点でグローバル人材を捉えてしまうと、評価・報酬等の人事制度面の統合共通化に埋没してしまいがちです。多くの日本企業において、人事制度は海外拠点によって運営されており、個別最適になっているところがほとんどです。そこで、人事という視点からは、人事制度の統合・共通化こそがグローバル共通の基盤整備であり、各種施策を考える土台として重要となります。


 このように、同じグローバル人材という言葉を使いながらも、事業の視点と人事の視点で見た場合とでは、その課題認識が異なっています。ここで忘れてはならないのは、「グローバル人事とはそもそも何のためにあるのか」ということです。いくらりっぱなグローバル共通の制度を構築できたからといって、ビジネスが成功し、収益が増えることに繋がるわけではありません。グローバル人事を含めて、人事の本来の役割は、人事制度を整備することではなく、会社の事業戦略の実現にあります。事業戦略を遂行する上でボトルネックになりうる人事課題に対して確実に解決策をこうじることにあるといえます。グローバル人材とは、あくまで事業の視点でとらえるべきであり、人事制度の問題に矮小化してはならないのです。


 実際、欧米多国籍企業や日本のリーディング企業では、各種人事制度を構築した後は、人材マネジメントや戦略・ガバナンス(組織)の課題にシフトしています。事業サイドでは、人材マネジメントや戦略・ガバナンスに対する問題意識を持っているのにもかかわらず、人事サイドでは相変わらず人事制度しかみえないことによって認識ギャップがうまらないのではないでしょうか。


 グローバル人材を考える上で、日本企業が乗り越えなければならない大きな壁があります。それは内と外という区分けです。日本本社に勤務する社員は内で、海外拠点の社員は外というメンタルモデルがすみついてしまっており、そこから脱却できていないのです。企業がグローバル化するためには、世界中で優秀な人材を調達し、全世界で活用し、育成しようという世界観が不可欠です。いつまでも内と外という二重構造を持ち、外の人材は内に入れないという状況が続けば、組織全体が硬直化してしまうのです。事業の視点に基づいてグローバル人材を捉えるとともに、全世界の社員を貴重な人材として育成・活用することが求められています。


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