
友人、Mが私より一年前にイタリアに着いて、
次々とアーティストとして大成功するニュースを
聞くたびに、本当に嬉しかった。
その頃は国際電話などは、高級感バリバリ。
豆なMはバール(茶店)にある公衆電話で何度か電話をくれた。
イタリアの電話状況はかなり遅れていたので、
普段の連絡は手紙だった。
彼は私の初めてのボーイフレンド。
美大の受験予備校の先生だった。
二人はしょっちゅう一緒で、
時間があれば、会って話したり、作品を作ったりしたものだ。
オープンな私の両親でも、さすがに一緒に留学する、
とはなかなか言いにくい。
それで、二人は結婚することに決めたけど、
トシオのママは大反対。
家の両親は なんで???
もちろんびっくり。

次の週にMはママにお見合いさせられた。
どうして、結婚を反対されて、
その上、ママが選んだ人とお見合いをするの??????
私は彼の勇気のなさにとてもがっかり。
若い私にはそれがどうしても許せなかった。
彼がマザコンだなんて、全然知らなかった。
(Mの弟二人も結婚をママに反対された時目がさめたらしい。)
留学は 2年も前に決めたことだから、絶対に行く。
あんなに仲が良かったのだから、会って確かめなくっちゃ。
会ったらまた前の気持ちにもどるかもしれない。。。。
複雑な気持ちで、卒業後、私はイタリアへ向かった。
大勢の友人たちが、空港に着てくれた。
感情をあまり見せない父が、私が家を出る時、
泣きそうになったのを今でも忘れない。
母はなぜか入浴用の絵の長いブラシを空港でプレゼントしてくれた。
私は32年たった今でもそれを持っている。
そのブラシは色々なところに連れていかれる運命。

そして日本を脱出。
32年以上前のことになる。
私は結局Mと 結婚しなかった。
あんなに一緒にいて楽しかったのにねえ。
彼は私の良きアドバイザーだったから、
私はアーティストとして、すでに成功してると思う。
脱皮するために
この経験が必要だったに違いない。
だからこの苦~い経験にも感謝です。
読んでくださり、ありがとうございました。