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ニシダヒロコの脱皮ライフ

幼少の頃から冒険が大好きで、いつの間にか世界に旅立ち、波乱万丈な人生を送ってきた。はみ出ても失敗しても大丈夫。すべては自分を脱皮させる貴重な体験です。ここは皆様とご一緒に 個性と自由と世の中との調和を考える場。



ローマの空港に着いたら、
Mとかわいいイタリア人の友人が迎えにきてくれた。
友人のMの若い友だちだ。

イタリア語は2年勉強したし、
単語もたくさん覚えたので、
まあ、何とかなるかな
という軽い気持ちでイタリアに着いた。


イタリア人って
まるで私がイタリア人のように、
のべつくまなく しゃべりまくる

まったく わからない
それはまるで 宇宙の果てのような感じ。。。。

これから どうしょう。。。


私はとりあえず、
Mの借りていたアパートに
しばらくいることにした。


陶器で有名な町、
ファエンツアにある

小さな陶器工芸学校に
とりあえずビザのために
籍をおいていた。


ここは陶器で有名な小さな町で、
フィレンツェまで三時間で


直通の小さな電車でいける。
ボローニャまで電車で
だいたい50分くらい。


手仕事も学べるからか
高校生も大勢いた。





その子たちが、毎日、毎晩
ブーブーブー、
ベルを鳴らす


電話はここでは
普及していないのです。

ヒロコ~
M~


アパートのベルを鳴らす

何人も何人もの若い人たちの訪問客
次から次へと、


来るわ、来るわ、毎日、毎晩
日本人は見た事がないから、
珍しんやね。

階段を上って来たと思いきや、


今日はトルテリーニを作ろう、
と皆でワイワイ
手作りのパスタを作ってくれる。




みんなで歌を歌ったり、
おしゃべりざんまい。

まったく何をしゃべってるかわからないから 
ニコニコしているしかない


親切にイタリア語を
教えてくれる子もいる。


とにかく

みんな賑やかにおしゃべりする。
本当にかわいい人たちだ。

じっと彼らの会話を聞いていたら

突然 雲や霧が晴れるみたいに、
イタリア語がわかってきた日がきた。

着いて2週間後のことだった。


奇跡だった。


日常会話ってのは、語彙もあまりないし、
同じような文から始まるし、
イタリア語は発音がややこしくない。

わかった、わかった、今何を話してるかわかったよ~

本当に嬉しかった瞬間。

エンリカという
素敵なイタリア人の友だちもできた。




ボローニャ美大の
入試の受付は終わっていたのだけど、

試しに直接美大に行ってみた。

舞台芸術の教授がたまたま学校にいらしたので、
その方に説明したら、
試験を受けさせてもらえるって!

勇気を出せば、良い事がある!

本当にイタリア人というのは気前がいい。。。

動きが速く、変化の毎日だった。



読んでくださり、ありがとうございました。