銀閣寺のほうまで行くことができなかったけれど、
せめて、自分の目で送り火を眺めながら祈りたくて、
うちから自転車で5分の大通りから
左大文字の送り火を眺めました。
クリックして大きくしてもらっても
小さい、小さい、大文字だけれど、
おじいちゃんやおばあちゃんのこと
家族のこと、大切なひとたちのこと、そして
東日本大震災で亡くなられたみなさんのことも
想いながら、手を合わせました。
こんなふうに、毎年、毎年、
大文字の送り火に祈ることができることも、
決して、あたりまえのことではなくて、
無事に1日、1日を迎えることができて
1年を過ごすことができたからだと、
ありがたいことだと、そんなことを
あらためて考えるようになったのも
3.11があらためて教えてくれたことだと思います。
どうぞ、また来年、大文字に手を合わせることが
できますように、と祈りながら。。。
