「陽の当たらない場所」は正しくて、「24時間陽の当たらない場所」は間違い? 国語の採点が壊す日本語の豊かさ


「正解は一つ」という幻想が、言葉の持つ無限の可能性を摘み取っている。

「日本語学習は難しい」。この一言に、多くの学習者と、教える側の教師の双方の苦労とため息が凝縮されています。その難しさの核心は、往々にして「どこに、どのように線を引くか」という、曖昧で主観的な領域にあります。学校の国語、特に入試問題は、この複雑な言語を「正解」と「不正解」に無理やり二分し、時に言葉の本質からかけ離れた議論を生み出しています。

言葉の「常識」と「論理」の衝突


あなたは次の二つの表現を見て、どう感じるでしょうか? あくまでも文章の中の表現として考えます。

※「陽の当たらない庭」
※「24時間陽の当たらない庭」

多くの国語のテストや規範的な文法では、前者は「正しい表現」であり、後者は「不適切な表現」とされる可能性が高いでしょう。その理由は、こうです。

 

「『陽の当たらない場所』とは、一般的に『日中でも太陽の光が届かない場所』を意味する慣用的な表現だ。一方、『24時間陽の当たらない庭』は論理的に不自然だ。そもそも太陽が24時間照り続けることは地球上であり得ず、この表現は『(一日の中で)太陽が当たる時間帯が全くない』という意味だと解釈するしかない。しかし、『陽の当たらない庭』という短い表現で既にその意味は伝わる。余計な修飾語をつけた冗長で不適切な表現である」

一見、もっともらしい説明です。しかし、ここに国語教育の大きな落とし穴があります。

「10時間陽の当たらない場所」は正しいのか?

 

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