「中国人学生ばかりで固まる」という偏見を超えて:インターナショナルスクールが映すグローバル社会の現実


インターナショナルスクールの廊下で、時折こんな声が聞こえることがあります。「あのグループ、いつも中国語で話してばかりで英語が上手くないみたい」「主体性がなくて、自分たちのグループから出てこない」。特に中国人生徒に対して向けられるこうした視線や揶揄は、一見「観察」のように見えて、実は大きな偏見と誤解に基づいていることが少なくありません。

なぜその「批判」は的を外しているのか
中国人生徒に対してよく挙げられる点を、一つずつ検証してみましょう。

「英語の発音や流暢さ」の問題:英語を第二言語として学ぶ過程にある生徒は世界中にいます。確かに、母語の影響を受けたアクセントが出ることはありますが、それは日本人学生にも、フランス人学生にも同じことが言えます。重要なのは、コミュニケーション能力そのものです。多くの中国人生徒は、寛容な環境さえあれば、驚くべき速さで英語での表現力を獲得していきます。

 

 

「いつも同じ国籍の生徒と固まる」行動:これは、新しい環境に身を置いた時に誰もが感じる「安心感」を求める自然な行動です。日本人留学生が海外で日本人コミュニティを形成するのと本質は変わりません。多くの生徒は、時間とともに自信を付けると、自ら多様なグループへと飛び込んでいきます。

「主体性に欠ける」という評価:これはしばしば、文化的なコミュニケーションスタイルの違いを誤解している可能性があります。ある文化では控えめな姿勢が尊重され、意見はよく練ってから発言されます。即座に自己主張することが「主体性」の唯一の形ではないのです。

「中国人」の一言では語り尽くせない、多様性の実態


「中国人」というラベルを貼ることで、私たちは彼らの内側にある膨大な多様性を見落としています。

 

 

出身地による大きな違い:上海、北京、広州、そして香港やマカオ、さらに中国語だけでは認識しにくい台湾という国。中華系シンガポール人やその他の中華系。

 

それぞれの都市は異なる歴史、方言(時に言語)、文化を育んできました。香港出身の生徒とシンガポール華人系の生徒では、使用言語や文化的背景が大きく異なることが普通です。

「中華系」という広がり:その生徒は、台湾からの留学生かもしれません。あるいは、マレーシア、インドネシア、タイなど東南アジア諸国で何世代も暮らしてきた華僑の家系かもしれません。見た目だけでは絶対にわからない、複雑なアイデンティティを抱えているのです。

世界中のインターナショナルスクールや現地校の教室は、まさにこのような多様なバックグラウンドを持つ生徒たちで構成されています。彼らを一つの色で塗りつぶすことは、世界の複雑さそのものを否定することに等しいのです。

 

 

未来を映す鏡:グローバルリーダーとしての中華系・そして日本人


今日、世界の大企業や学術機関のトップに立つインド系リーダーの多さは、もはや特筆すべき事実ではありません。それは、グローバル化がもたらした必然の結果の一つです。同じ流れは、確実に中華系にも及びつつあります。世界中に広がる華人ネットワークとその教育熱の高さを考えれば、今後数十年で、各分野の最前線に中華系のリーダーがさらに増えていくことは想像に難くありません。

この現実を前に、私たち日本人、特にインターナショナル環境に身を置く日本人学生が考えるべきことは何でしょうか?

それは、隣の席の同級生を「競争相手」としてではなく、「共に未来を作る協力者」 として見つめる視点です。彼らの持つ言語能力(多くの場合、英語+中国語+α)、文化的適応力、そして学びに対する強い意欲は、単に羨む対象ではなく、共に学び、刺激し合うべき資質です。

 

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多様性の中から生まれる、本当の強さ


インターナショナルスクールは、多様性についての美しいスローガンを掲げるだけの場所ではありません。時に居心地が悪く、誤解に満ちた、しかし生き生きとした「実践の場」です。

中国人や中華系の同級生への浅はかなレッテル貼りは、この貴重な環境を台無しにします。そうではなく、一人ひとりの背負っている物語、文化、可能性に好奇心を持って近づくこと。そこからこそ、真の国際理解と、未来を切り開くための強固な人的ネットワークが築かれていきます。

日本人学生の皆さんには、この環境を最大限に活用し、自分自身の強みを磨きながら、多様な仲間から学ぶ柔軟な心を育ててほしい。そうすれば、いつの日か「日本人や日系のリーダーが世界を牽引する日」も、必ず訪れるはずです。