“帰国子女”という言葉に隠された、私たちの多様すぎる現実
 

「帰国子女って英語ペラペラでしょ?」
「海外に住んでたんだ、うらやましい!」

こうした一言で片づけられてしまうことほど、私たち帰国子女にとって息苦しいものはありません。それは、私たち一人ひとりが背負ってきた複雑で多様な経験を、一言のレッテルで覆い隠してしまうからです。

実のところ、「帰国子女」というカテゴリーに収まりきらない多様性が、このグループの中には存在します。かつては、親の海外勤務に伴い、小中高校生の時期に連続して1年以上海外で生活し、日本に戻ってきた子どもを指すことが多かったこの言葉。しかし今日、その解釈は大きく広がり、時には曖昧になっています。

本当に理解すべきは、一口に「帰国子女」と言っても、その内実は千差万別だということです。

 

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1. 「海外経験」の質と量が、人を形作る


海外経験が人生に与える影響は、単なる「あった/なし」では測れません。最も大きな要素は、どの年代で、どれだけの期間を過ごしたかです。

低学年での短期経験:例えば小学1-2年生の1年間。この時期は言語習得の面では柔軟かもしれませんが、日本の基盤がまだ固まっていないため、帰国後の「日本社会」への適応に独特の困難を感じることがあります。ただし、まわりもまだ幼いため、あっというまに日本生活になじみ、海外経験を忘れてしまいます。

思春期での長期経験:反対に、中高生の多感な時期を丸3年、5年と海外で過ごすと、価値観や振る舞い方の根幹が日本の同世代とは異なってきます。現地校で自分の意見をはっきり述べる訓練を積んだ結果、日本の「空気を読む」教室文化に息苦しさを覚えるのは、当然のことかもしれません。質問することがない教室で質問をしたくてもできないことは大きなストレスに変わります。

 

ある調査では、帰国子女の77% が日本に戻った際に「逆カルチャーショック」を感じ、34% がいじめを経験したと答えています。イジメの定義を海外経験則に合わせてのそれですから、じっさいのイジメ被害はさらに多くなります。

さらに、ほぼ全義務教育期を海外で過ごす場合:小中高の12年間すべて、あるいはそれに近い期間を海外で育った若者は、もはや「帰国子女」という枠を超えています。

 

文化的アイデンティティの中心は日本以外にあり、日本語は「外国語」として学んだ、日本人の親(両親)や日本人友達との会話だけで学んだという人も少なくありません。彼らは「日本国籍を持つ、海外で育った人」と呼ぶ方が適切で、私たちは彼らを指す適切な単語すら持っていないのが現状です。

このように、滞在期間や年齢だけでなく、通った学校が現地校、日本人学校、インターナショナルスクールのどれだったかによっても、その経験はまったく異なります。非英語圏の現地校に通っていた子と、英語圏のインターナショナルスクールに通っていた子が、同じ「英語が得意」というレッテルを貼られることの違和感は、計り知れません。

 

 

2. 社会が抱える「帰国子女はこうあるべき」という幻想


このような多様性があるにもかかわらず、日本社会、特に大人や雇用の場では、未だに一枚岩のイメージが振りかざされることがあります。

「帰国子女は英語ができて当たり前」「自己主張が強く、協調性に欠ける」。こうした決めつけは、私たちの個性や苦労を無視するだけでなく、企業が多様性という宝物を見逃す原因にもなっています。海外で培った異なる視点やスキルは、画一的なチームに革新をもたらす貴重な資源であるはずなのです。

さらに悪質なのは、「帰国子女は○○だ」という揶揄や、妬みを含んだからかいです。これは単なる知識不足ではなく、時には「いじめ」の形をとり、相手を傷つけ、孤立させます。帰国子女という、本人にはどうすることもできない背景を理由にしたこうしたコメントは、何の建設性もありません。それが会社における上司の年齢である40代、50代にも見られます。

3. 多様性を「強み」に変える視点へ

 

では、私たちはこの状況をどう変えていけばよいのでしょうか。鍵は、「ラベル」ではなく「個人」を見ることです。

 

 

教育の現場で:教師は、クラスに帰国子女が入ってきた時、まず「この子がどんな経験をしてきたのか」に耳を傾けてください。日本語の支援が必要な子もいれば、むしろ日本の暗黙のルールに戸惑っている子もいるのです。画一的な対応ではなく、個別の理解が、その子の学校適応を決めます。

社会人として:職場で「帰国子女枠」で入った同僚がいたら、その「帰国子女」という経歴そのものではなく、その経験を通じて彼/彼女が何を学び、どんな考え方を持つに至ったかに興味を持ちましょう。それは、単なる英語力以上の、かけがえのない強みを発見することにつながります。必要であれば、外国人と同様の接し方が必要になります。日本国籍での先入観は危険です。


私たち自身が:多様な背景を持つ帰国子女同士でも、お互いの経験は異なります。自分と違う経歴を持つ「仲間」の話に耳を傾けることは、自分自身の経験を相対化し、より深く理解する助けにもなります。

「帰国子女」という言葉は、便利なラベルではありますが、その中にいる一人ひとりの人間を説明するには、あまりにも不十分です。私たちは、海外と日本という複数の文化の狭間で育った、多様性そのものの結晶です。

次に「帰国子女」という言葉を口にする時、それが「決めつけ」ではなく、その内側に広がる豊かで複雑な個々の物語への、敬意と好奇心の入り口であってほしいと願います。