車の買い方と教育投資:日本の「コスパ思考」が映すもの
自動車購入に現れる日本の価値観
日本で車を選ぶ際、多くの人がまず気にするのは「再販価値」です。「5年後の価値がどれだけ残るか」「燃費はどうか」「維持費は低いか」——これらの経済的合理性が購買決定の中心にあります。一方、欧米、アジア各国においても「自分のライフスタイルに合っているか」「デザインが気に入るか」「運転の楽しさ」といった情緒的・個人的価値がより重視される傾向があります。
この違いは、単なる消費行動の違いではありません。背後にあるのは、長引く経済的不安、将来への慎重さ、そして限られた資源の中で「賢く」生きようとする日本的な姿勢です。確かに、この傾向を「日本の貧しさ」と表現するのは過激かもしれませんが、少なくとも「経済的余裕のなさ」や「将来に対する不安」が消費行動に色濃く反映されていることは間違いないでしょう。
教育における「コストパフォーマンス」思考
驚くべきことに、この「コスパ思考」は教育の分野にも深く浸透しています。
教育投資に対する日本人の独特の計算尺
塾や予備校には巨額を投じる:子どもの受験に関しては、年間数十万円から百万円以上を惜しみなく支出
学校そのものへの投資には消極的:特に大学教育における授業料への抵抗感が強い
大学や学校への寄付は絶対にしない
「見える成果」への偏重:すぐに点数や合格実績に結びつく投資を好む傾向
確かに、インターナショナルスクールや海外留学など、年間数百万円かかる選択肢については、どんな家庭でも慎重になるでしょう。しかし、問題は「普通の日本の教育」ですら、過度に費用対効果が論じられてしまう点にあります。
大学教育:投資不足の深刻な実態
日本の大学教育費は国際比較で見ても高額とは言えません。それにもかかわらず、
学生自身の投資意識の低さ
高い授業料を払いながら、講義をサボる学生
自己投資としての書籍購入やスキル習得への消極性
アルバイト優先で学業が二の次になる実態
現在、大手有名人気企業への就職の難しさから多少の変化がありますが、それは就職する為の手段となっており、決して大学での学びへの意識ではありません。
大学側の教育投資の問題
大教室講義が多く、少人数教育が不足
施設・設備の更新が遅れている
教授の教育負担が重く、研究時間が圧迫
「大学は就職のための通過点」「大学入学が教育におけるゴール地点」という考え方が依然として根強く、大学での教育そのものへの価値投資という意識が希薄なのです。
塾依存社会の歪み
日本の教育予算が「塾偏重」であることは、多面的な問題を生んでいます。
公教育の空洞化:学校の授業が「塾でやるから」と軽視される
経済格差の教育格差への転化:塾通いできる家庭とできない家庭の差
短期的学力偏重:長期的な教養や思考力より、テストの点数向上が優先
子どもの負担増:学校と塾の二重生活による疲労
これは都心だけではなく、地方都市でも進学校と呼ばれる学校では同じことが起こっています。
海外の教育投資観:比較から見えるもの
欧米の多くの家庭では、
大学教育は「自己への投資」と明確に認識
学費が高くとも、その価値を認めて支払う
学生自身もアルバイトやローンで自己投資する意識が強い
教育の価値が生涯賃金の差として明確に表れる社会構造
もちろん、米国の学費高騰問題など、海外にも課題はあります。しかし「教育への投資は人生への投資」という意識の広がりは、日本よりも顕著と言えるでしょう。
変わるべきパラダイム:消費から投資へ
車の購入と教育投資を比べるこの議論が示唆するのは、私たちの価値観の根本的な転換が必要だということです。
個人レベルでできる変化
教育を「消費」ではなく「投資」と考える:短期的な成果だけで判断しない
子どもの教育選択に関与する際:コスパより「この経験が人生にどう活きるか」を考える
大学教育の価値:専門知識だけでなく、批判的思考力や人間関係など無形の価値も評価する
これらは、短期的な考えではなく、長期的な視点に立っています。結局、過去の通りに未来は動かないため、過去に学びつつ未来を作っていく動が必要ですね。
社会レベルでの変革
公教育の質的向上:塾が必要ないほど魅力的な学校づくり
大学教育の実質化:高い授業料に見合う教育の提供
生涯賃金と教育の関連性の明確化:どのような学びが長期的な成功につながるかの可視化
塾を排除することは現実的には不可能です。しかし、一部の進学校では、学校の放課後に塾機能を持ち、塾のように大学受験対策を実施している学校もあります。
未来への投資としての教育
車を選ぶ時に「5年後の価値」を考えるのであれば、教育を選ぶ時には「20年後の人生」を考えるべきではないでしょうか。
確かに経済的合理性は重要です。しかし、教育の本質は、単なる就職のための資格取得ではなく、人間としての成長、視野の拡大、可能性の開花にあります。これらは簡単に数値化できず、短期的なコストパフォーマンスでは測れない価値です。
日本の未来を考えるならば、私たちは「教育への投資」について、もっと大胆に、もっと長期的に考える必要があります。それは単に「もっとお金をかけよう」という話ではなく、お金の「かけ方」と「考え方」の転換を意味します。
塾にお金をかける前に、学校そのものの価値を問い直す。
授業料を払う前に、その教育が本当に価値あるものか考える。
そして何より、子ども自身が「自分への投資家」として成長できる社会を築くこと。
車の再販価値ばかり気にする貧しい発想から、未来への豊かな投資家思考へ。日本の教育を変える第一歩は、この価値観の転換から始まるのです。


