「架け橋」なんてばかばかしい。僕は、海外駐在帯同でインター校に入って幸せかい?
僕は今、人生最大の分岐点に立っている。
父の仕事の都合で、中学1年の途中からアジア某国の都市にあるインターナショナルスクールに通い始めてもうすぐ2年。来年は高校進学の年だ。僕の前に広がるのは、二つの道。
一つは、このままインターナショナルスクールに進み、卒業後はオーストラリアか日本の大学に進む道。アメリカは高すぎ、イギリスはロンドンの治安がやばいことに。オーストラリアならどこでも治安も比較的良く学費もなんとかだしてもらえるって。もう一つは、中学3年で海外生活をやめて日本の高校に進学すること。つまり、日本の高校受験をして「普通」の高校生活を送る道。「普通」かあ。
僕の心は、いつも揺れ動いている。
インターナショナルスクールでの生活は、英語でつらいこともあったけど、同じ時期に入学した日本人の親友や部活友達、ゲーム仲間のクラスメイトは大切な存在。最初の半年は授業も宿題も地獄だったけどね。最初の日は昼休みに一人で食堂に座り、周りの笑い声が理解できない孤独感。それでも、声かけてくれた日本人友達、スマホゲームで少しずつ友達ができ、今では学校が楽しい。
「このままインターナショナルスクールに残れば、英語力はもっと伸びるかもしれない。日本みたいに、勉強漬けでなくても大学に入れそう。でも、日本の高校生活を経験しないまま日本の大学生になるのは、何かが欠けてしまう気がする」
「かといって、日本に帰ったら、この2年で身につけた英語力を維持できるだろうか。せっかく手に入れた海外という小中の友達とは違う感覚を、失ってしまうのではないか」
そんな悩みを、現地の友人であるジョンソンに打ち明けた。彼はシンガポール生まれで、10歳の時にここへ引っ越してきた。変ったアジアなまりのある英語を話す。
「君は幸運だよ」とジョンソンは言った。「日本なんてクールだし、面白いじゃないか。僕は子どもの頃いた場所と今の場所、どちらも好きではないね」
彼の言葉が胸に響いた。
ある日、日本人コミュニティのイベントで、面白い人に出会った。30代の日本人ビジネスマンで、シンガポールを拠点に東南アジア全域で事業を展開している人だった。
「高校時代は日本の学校に通っていましたが、大学はシンガポールで、その後アメリカの大学院に行きました」とその人は話してくれた。「どの選択も正解で、どの選択も間違いではなかった。大切なのは、その環境でどれだけ学び、それをどう次のステップに活かすかです」
その言葉を聞いて、ふと気がついた。
僕は今、「どちらかを選ばなければ」と焦っている。でも、もしかしたら、どちらを選んでも、それが僕の人生の「正解」になり得るのではないか。だって、他の道を同時に体験することはできない。良いことがあると想像しているだけで、決して良いことがあるかはわからない。その反対もね。
そして、ある決心をした。
僕はこのままインターナショナルスクールに進むことを選ぶ。でも、それは日本のことを忘れるわけではない。週末には日本語の勉強を続け、日本の文化や社会についても学び続ける。将来は、日本と海外をいききするような仕事をしてやる。
僕のルーツは日本にある。日本人のこともよくわかる。やつらはちょっと違うって理解している。でも、僕の視野は日本だけにはとどまらないね。
「パパ、ママ、決めた。このままここでセカンダリースクールを卒業する。でも、日本語も勉強し続ける。大学はまだわからないけど、帰国生入試で日本の大学を受けるか、他の国の大学を受けるか。アメリカは別に好きではない。何か興味ある専門をみつけて、それで大学のあたりをつけてみる。」
両親は驚いた顔をした後、温かい笑顔を見せてくれた。
「それならそれで、私たちも応援するよ」と父が言った。「君が自分で決めることができて、素晴らしい」
今、僕の胸には希望でいっぱいだ。どちらの道を選ぶかではなく、選んだ道をどう歩むか。それが大切なのだと気づいた。
僕のような悩みを抱えるすべての中学生に伝えたい。
「どちらを選んでも大丈夫。大切なのは、その選択をどう活かすかです。あなたの可能性は、一つの選択で決まるものではありません」
僕はこれから、インターナショナルスクールでの学びを深めながら、日本の良さも伝えていきたい。そして将来、日本と世界をつなぐ人間になりたい。リスクがある? リスクなんてどの道にもあるのに、そんなこと考えるのは無駄だ。そのリスクを乗り越えてやる。
だって、僕はもう、「どちらか」を選ぶ必要はないのだから。僕は「両方」を選び、それをかけ合わせて、新しい価値を生み出していくのだ。
