前回書き込みました、ギフテッド教育を民間に任せるというアイデアです。

 

ギフテッドの子供にそのギフテッド分野の勉強・研究をもっと行ってもらうような環境、さらに、高度な教育を進めさせるような方法。さらに、社会的な教育、道徳教育をスキップしない、社会生活に適応できるように、その分野以外の教育をしっかりと受けさせてあげる教育。

 

実は非常にやっかいな問題です。

進研ゼミ 小学講座

 

天才だからといって、子供のうちにその分野を絞って教え込むことはよくありません。

運動の世界ではよく行われますが、学術の世界とは違ってきます。

他のことも教える必要があるからです。

 

ギフテッドの子供が持つ能力の高い分野の教育を受けさせることができるのは大学か、一部の企業の研究部門になります。

大学の場合は一般教養の科目があり、多少は社会性を学ぶこともできるでしょう。

 

記憶力の高いタイプのギフテッドは、2年程度早く大学へ進学しても問題はないでしょう。

 

数学など、特定の分野だけのギフテッドの場合は、社会性の問題が生じやすいのですが、その特定の分野を1週間で数日分けて特別な教育を入れる必要があります。

 

 

ただし、非常に能力が高くても新発見に直結する能力がない場合は、その分野での研究・開発などに役立たないことがあります。企業も大学も見切りをつける可能性はあります。

その場合は特別扱いはやめ、通常通りの大学学士へと戻るような扱いになります。

その時点で数年たっているので、大学卒業は同級生と同じ年齢になることでしょう。使い捨てにされているようですが、ギフテッド教育のリスクはここにあります。

 

 

また、どの程度のギフテッドを特別扱いするべきなのかという問題もよく聞きます。

それは非常に簡単で、順次1年、2年と飛び級をさせることを想定すればよいのです。逆に、1年、2年と留年させる生徒もいることで差し引きのバランスがとれます。これができるのは私立の超進学校でしょう。

 

つまり、ギフテッド教育で飛び級を許可する場合は、留年・学年を下げる選択を強制・自主性に基づき運用することが必要です。

 

ギフテッドとそうではない生徒たちのバランス感覚をうまく運用しないかぎり、長期的にはうまくいきません。大学はもちろんメリットがありますが、その子に対しての余計なサポートの手間がかかります。つまりこれは国立大学に任せることが良いでしょう。国として少子化の中で優れた人材を探すこととして、率先して運用すべき制度と考えるべきです。