アジア人差別という言葉が差別になります

日本人が差別された場合は、それは日本人差別です

 

日本人に向かって、「チャイナ」との言葉で差別をされる場合、日本人と中国人が一緒になっているので、アジア人差別とも言えます

 

しかし、アジア人とはどこの国の人なのか、インド人は含まれるのか? フィリピン人は? ベトナム人は?

つまり、アジア人という言葉が曖昧な範囲と、見た目の肌の色や髪質などで区切りをつけた差別的な表現になっています

 

さらに、アジア人と言われることに抵抗がない場合、それは差別的な表現にはなっていませんが、日本人と言われるべき場面も多いですね

 

さて、大谷選手が大活躍というより、野球、アメリカの野球の歴史を塗り替えてしまっていますが、日本人であるが故いろいろな差別的な判断からジャッジに影響がでているようです

でも、日系社会は「日本人差別」とは大きく発言していません

発言してもよい段階でしょうが、それを言わなくても乗り切れるだろうという期待があるようです

日本人的な考えですが、日系社会が受け入れている段階であれば、しかたないかもしれないですね

 

では、学校内ではどうでしょうか?

一般的なことはなかなか分かりませんが、よく、日本人生徒の英語はへただと言われます

 

ここは、日本人生徒ががんばってのりきるべきところで、差別ではありません

 

イジメにあいやすいということもないようですが、英語が苦手だと、イジメではなく、授業やグループワークに影響がでるので、仲間として受け入れられない場面があります

 

小学3年生程度から転校した場合でも、すでにグループワークがあるので、あの子とは同じグループになりたくないという発言がよく聞かれます

 

まだいじめの段階ではありませんし、セカンダリーになっても同じ問題がありますが、あまり勉強をしてくれない生徒と同じグループでのワークは不利で、不公平感を感じます

 

人種による特徴は、やはり感じるものがありますが、それは差別的な発言になるので、家庭内だけにしないといけません

 

また、お子さんにはその発言が差別として聞こえるということ、家庭内では多少の差別発言をしていることを説明する必要があります

 

差別という解釈が永遠に広がるなか、学校での行動や発言は成績にもつながってきます