古い話ですが、

 

 私は、子供の頃、井戸を使っているような、古い家に住んでいました。

 なので、新しいモダンな一戸建てにあこがれていました。

 

 それがつのって、住みたいから、「住宅の仕事がしたい」に変わり、大学の建築学科に入りました。

 

 しかし、驚くことに大学では、住宅の講義はほとんどありません。

 少し住居学の講義がある程度で、木造住宅などを学ぶ機会はありませんでした。

 

 それでも、住宅の勉強をしたかったので、住居学の大学院進学を考えましたが、教授のすすめで大学を卒業後、プレハブ住宅を開発する研究所に就職しました。

 

 その研究所に入所した当時、ツーバイフォー住宅が建築基準法で認められる前だったので、それに関連する耐力壁の破壊実験を行っていました。

 

 1974年当時の「在来木造住宅」と「ツーバイフォー住宅」とでは、耐震性にかなりの差があることがわかりました。

 

 その頃、在来木造住宅のこれまでの納まりでは、実験値が建築基準法で定められた数値が出ないのです。

 若造の私から見ても、衝撃的な数値の差でした。

 

 「木造住宅は、何かおかしい」と思いました。

 

 

 私は、1978年に私が勤めていた研究所から不動産会社に転職しました。

 

 その時、配属された部署は、マンションや一戸建て住宅を建設し、販売する部署でした。

 なぜか、木造一戸建て住宅の担当となりました。

 

 その頃、私は、木造住宅の設計もしたことがありませんでしたし、木材についてもなにも分かりません。

 

 マンションであれば、鉄筋コンクリートなのでよく分かります。

 

 28歳の私は、すでに一級建築士でしたので、周りは何でも知っているという感じで接します。

 

 しかも、この会社では、建築技術職の管理職がいないのです。

 木造の「も」の字もだれも教えてくれません。

 

 その頃、現場に出たときに、驚いたのは、大工の棟梁の頭のよさです。

 

 がらぱっちの人でも、あんな仕事ができるのですから、頭が悪いはずがありません。

 

 仕方がないので、一人の棟梁を師匠と仰いで、いろいろ教えていただきました。

 

 妻の実家の家も、その棟梁にお願いしました。

 

 私は、木造の耐震強度面ではハウス研究所時代の教訓から耐力壁の納まりには注意をはらいました。

 

 その後、幾度かの建築基準法や住宅金融公庫の共通仕様書の見直しで、納まり面では改善されていきました。

 

 基準が表示している強度と実態が合うようになってきました。

 

 まず、1981年の建築基準法の改正です。

「壁量規定の見直し」
「構造用合板やせっこうボード等の面材を張った壁などが追加」
「床面積あたりの必要壁長さや軸組の種類、壁倍率の改定」

 

 しかし、この改正内容でも、ツーバイフォー住宅やハウスメーカーの住宅よりも、まだまだ木造住宅は、地震や台風などでは劣るのが実態でした。

 

 1995年の阪神淡路大震災で、在来木造住宅の脆弱性が証明されました。

 2000年に阪神淡路大震災の教訓を受けて建築基準法施行令が改正されました。

 

 在来木造住宅の基礎では、以下の改正がありました。

「地耐力に応じて基礎を特定」

「地盤調査が事実上義務化」

 

 改正の要点は、地耐力に応じた基礎構造が規定され、地耐力の調査が事実上義務化となりました。

 

 既に、私たちが行っていたことですが……

 

 木造本体の構造では、以下の改正がありました。

「構造材とその場所に応じて継手・仕口の仕様を特定」

 

 改正の要点は、筋かいを使った耐力壁の仕様の明確化と力がかかる柱や建物のコーナーなどの柱と基礎を直接つなぐ「ホールダウン金物」が必須になりました。

 

 これは、画期的な基準です。

 

 次に、耐力壁の配置にバランス計算が必要となりました。

 

 要点は、・壁配置の簡易計算(四分割法、壁量充足率・壁率比)、もしくは、偏心率の計算が必要となりました。

 

 これで、木造は、やっとツーバイフォーに追いつきました。

 

 木造住宅について書いてきましたが、今言われている「在来木造住宅」は、昔の木造住宅とは違います。

 

 昔の木造住宅は、

「伝統構法」

になってしまいました。

 

 私からみると、「なるほど!」と思います。

 

「田舎のおじいちゃんの家」

 

 今でも多く残っている作りです。