列車が来る予定である線路が続くトンネルは暗闇で向こうが見えないが、
生暖かい風がこの駅で対流しているのがわかる。
私は風の匂いにどこかしら懐かしい感情が芽生えるのだ。
無機質で清潔なプラットフォームで私たちは地下鉄を待つ。
「正直に言うと僕が君をこれから夢機関に導くことが
正しい選択なのかはわからないんだ」
ペンギンの声は低く抑揚がないのにプラットフォームの清潔な壁に反射して
よく通っていた。
私はドームにあったぴたりと体にくっつくスーツの後ろで手を組んで頷く。
「かつての僕の盟友だった人間が夢機関の中枢にいるはずだったん
連絡が不通になってしまった。こう見えても僕を慕ってくれる人間は多くてね、
その後の夢機関についての情報は逐一連絡はしてくれるんだ。
それによると夢機関自体が今はだいぶぐらついているらしい。
詳しいことは悪いけど分からないんだ」
右手のトンネルから静かな地響きが聞こえた。
地下鉄の電車のヘッドライトがかすかにカーブの壁を照らしている。
「おそらく君を迎えてくれるのはウーゴという青年だ。
僕にことこまかく情報を送ってくれて君を夢機関に手引きする段取りを
してくれている」
「ウーゴね。分かったわ」
「うん」
「あなたはさっきから含みばかりでちゃんとした話してくれないのね」
「わからなことが多いからね」
「そういう意味じゃないわ。正確な話じゃなくて、あなたの主観の話が皆無なのよ」
「僕の主観の話はこの先の君の判断を鈍らせる可能性があるのさ」
「ずいぶん私を過大評価しているみたいだけど、私はあなたにとっての
正解にたどり着けるのかしら。少なくともあなたにとっての正解を聞いておくべきだわ」
ペンギンはロールシャハテスト的に首を振った。
電車のカーブを照らしていたライトがこちらに向くと轟音がプラットフォームに反響する。
「君がもし」と列車がすべりこむタイミングで(まるで轟音の中の内緒話のように)言う。
「君がもし夢機関で信頼できる人間だと判断することができたとき、こう聞くといい『ハナは元気ですか』と
それで少しは扉が開いていくだろう」
目の前に鋼鉄の銀色に輝いた電車が私たちの前に滑り込んでくる。
髪が舞って私の顔を覆ってしまう。
「夢機関に美容室はあるかしら?私髪切りたいの」私は電車に乗って扉越しにペンギンに聞く。
「あるから安心していいよ。君が賢い人で心から安心している。両腕があったら抱きしめたいくらいだ」
「また会えるかしら」
なにか言おうとペンギンが顔を上げたとき目の前で扉が閉まった。
ペンギンが手なのか羽なのかを扉の窓にあてる、私はそれに合わせるように左手を窓越しに重ねた。
電車が動き出す。
「