『フィドルと旅人たち』 | F9の雑記帳

『フィドルと旅人たち』



 キャサリン・タイナン『フィドルと旅人たち キャサリン・タイナン短篇集』(高橋歩編訳、未知谷)を読みました。
 裏表紙に「カトリックの国アイルランドでは時間がゆっくり流れている――」とあるので、この本に収められている11篇の短篇小説にはのんびりした雰囲気が漂っているのかなと(幾分決めつけ気味に)読み始めたのですが、(読み進めるにつれて)確かにその雰囲気は感じるものの、それ以上に日々の暮らしの中で他人と言う存在を理解する事の大切さと難しさを(それぞれの小説に)改めて突きつけられているように感じました。
 そのような11篇の短篇小説の中で、農務省の職員で鶏の飼育方法等を村人に指導する事を仕事としているミス・エルサ・ファミングが、「へんぴな場所にあるこの家」(59頁)に住んでいるドハティ未亡人と出会い、最初は自分の事で精一杯だったのが、ドハティ未亡人にお茶を淹れてもらったり卵をご馳走になったりするうちに(夫と三人の息子を海難事故で亡くし、レース編みの仕事で目を悪くしてアメリカに行ったケイティの帰国を二年近く信じている)ドハティ未亡人に対する評価が変わっていく過程と、若者が海外に出ていく事に怒りが爆発しそうになる描写に心が本当に動かされた「母親」、父親の有能さを受け継いだブリジット・ドワイヤーと、彼女がある出来事がきっかけで引き取り育てる事になったモーリーンという2人の女性の関係性がダン・ヘファナンと言う男性の登場により激変してしまう様子の描写と、モーリーンの病気がきっかけになり、終盤で展開されるブリジット・ドワイヤーの優しい一面の対比が強烈な「わが子の叫び」が個人的には強く印象に残りました。
 なお、金曜日に救貧院の施設に入る事になっていたジョン・ラフとエレン・ラフの老夫婦の運命が一人の女性マーガレットの登場でガラリと変わるとともにメロドラマに変わる「老夫婦」と、夫となるはずだった男性を亡くしたキャサリン・ヴェニングが、彼女の叔母であるコンスタンティン夫人と共に「人里離れた場所」(139 頁)にあるシーダーハースト屋敷に移り住むとともに、ある怪現象に襲われる展開となる「幼き幽霊」は面白かったものの、「母親」や「わが子の叫び」で受けた衝撃には若干及ばないように個人的には感じました。