『だれか、わたしを助けて』

エリカ・クラウス『だれか、わたしを助けて』(古屋美登里訳、亜紀書房)を読みました。
この本に収められている12篇の短編小説は、様々な国や都市や時代を舞台にしている上に語り手の性別や視点が様々で、「だれか、わたしを助けて」と言う登場人物達の声が文章の間から聞こえてくる様に感じられるのですが、主人公が小説の中で困難な状況を乗り越えてしまうからでしょうか、読み終えて作者に課題を突きつけられた様に感じる小説が(個人的には)多かったです。
そんなこの本に収められている12篇の短篇小説の中でも、シベリアの極寒の町オイミャコンで生まれ育った22歳の主人公ヴェラが、アメリカからやってきたティオ・アンダーソン(シオ)と出会った後に彼女が彼女自身に下す決断が重い「極寒の町」、18歳の白人女性が知り合いのいないオハマの黒人地区に流れ着き、生計を立てる様子を書いている「ダッジ通りの北側」、人助けとして安楽死を請け負う主人公クラウドとボニーの日常と彼らの生死について書かれている「ヘラジカを食べてくれ」、コンビニ強盗に遭遇し、一時人質にもなった主人公 が身代わりになってくれた少年の生い立ち等を調べていくうちに意外な真実に辿り着き、死者と生者の関係性について考えさせられる「だれか、わたしを助けて」、1980年代のバンコクを舞台に主人公エルザが父親の支配を一部脱して自己主張するまでが書かれてい「バンコクにいると」、DV加害者である夫から逃げてきた主人公の生死に対する意識の揺れの様子について書かれている「神を畏れるごとく我を畏れよ」が、(他の作品と比較して)個人的に印象に残りました。