『秋の雪』 | F9の雑記帳

『秋の雪』


 イレーヌ・ネミロフスキー『秋の雪 イレーヌ・ネミロフスキー短篇集』(芝盛行訳、未知谷)を読みました。
 以前から、この作家については、近所の図書館のフランス文学の棚に何冊か本が置いてあるので、名前だけは知ってはいましたが、文学的事項に関して無知なため、彼女の小説を収めた本を手に取り読む勇気(?)は出てきませんでした。
 ですが、どうした心情の変化か(←自分の事なのに…。)、先日近所の図書館に行った際に気が変わって本を借りて読んだのですが、「秋の雪」(フランス語原題:「秋の蝿」)を筆頭に、この本に収められているどの小説も僕には衝撃的で、読んでいて怖くなる事が何度もありました。
 以下、感想(めいたもの)を書いておきます。
・「舞踏会」:株で一財産築き舞踏会を開く両親、家庭教師の恋愛を知り舞踏会の招待状を破り捨てセーヌ川に流してしまう娘…。彼女たちを含む登場人物達の行動や心理は理解し十分に納得できたのですが、最後の場面の作者の筆致に人間(特に女性)の怖さと非情さを感じました。
・「秋の雪」:この小説は、ロシア革命の勃発に伴ってロシア出国・パリ移住となってしまったカリン家の人々と、カリン家に長年仕えているタチアナ・イワノーヴナ(ニアニュチカ)について、タチアナ・イワノーヴナの視点から書かれているのですが、タチアナの故郷への思いが悲しい結末を導いてしまったのかと悲しくなり納得させられました。また、カリン家の人々の有り様の変化については仕方がないなと感じたものの、若くして亡くなるユーリと比べて何だか残念な気がしました。
・「九月の午餐」:この小説は、明日で四十歳を迎える主人公の女性が(後の夫となる男性とは別の)二十年前に思いを寄せていた男性と出会い食事を共にすると言う内容で、主人公の彼へ期待する心情やそれがもたらす失望等について細かく描かれていたのですが、読み終えて(小説だから当たり前とは言え)彼女に同情するしかできない自分をもどかしく感じました。あと、男性も同じ心情だったんじゃないかなと思いました。
・「幸福な岸辺」:婚約直前の高慢な顔をした金髪の主人公クリスチャーヌと、彼女が彼氏と待ち合わせしているバーで客を待っているジネット。この小説の中でに主に描かれている2人の女性の対比が、ジネットのかつての夫だったモーリスにまつわる記述も加わる事で(個人的に)より鮮明に感じられて、読み終えた後に十分寂しい気持ちになりました。
・「腹心の友」:この小説は、高名な音楽家である主人公ロジュが、亡くなった妻フローラについて、彼女の友人であるカミーユと話すうちに妻に関する事実を知っていくうちに、彼自身ある事実をはっきりと理解すると言う内容なのですが、男性が主人公というのもあるのでしょうか、個人的にはこの小説が一番胸にきました。ああ、寂しすぎる。「癒せそうにないのは、その痛みだった」(193頁)…。