2月1日午前5時半。
娘を起こす。
ちなみに私、完徹です。
眠れず。
自分の高校受験の時も一睡も出来ずだったわ。
夫にも声をかけ、
朝ごはんを食べさせて、
着替えもチェック。
ずっと天気が良い日が続いていたので良かったです。
予定より少し早めに出発。
行ってらっしゃい!
小一時間後、
「駐車場に止められたよ。」
と夫からの連絡がありホッとしました。
午後、無事に帰宅。
どうだった?
「算数が難しかった。」
あー、そうか。
二日目、三日目は、
私が連れて行きました。
夫が休んで行くつもりでしたが、
仕事の関係もあり、
電車で。
ここもブレブレだったな。
体育館で待機していましたが、
さっむい!
さっむい!
ストーブは用意されども、
換気もしているからさっむい!
途中で抜けてカフェに飛び込みました。
最初からカフェに行っておけば良かった。
そして結果は、
落ち続けて、最後で合格。
落胆のち明日も受ける、と言うのはプレッシャー半端ねえ。
そこは12歳だから重圧凄かったと思います。
でも、その重圧を受け止めて、
翌日もその翌日も試験に臨む、受け切った。
立派でした。
今って、試験当日にネットで見るじゃないですか。
その絶望感。
うちは小学校受験でも落ちているので、
経験できておいて良かったです。
あの時は心の中に一瞬でトンネル出来ましたよね。
長いの。辛いの。
青函トンネルかな?
行ったことないけど。
トンネルを抜けるとそこもどん底だった。
康成先生助けて。
あたいも雪国行きたい。
そんな経験があったので、
あー、、、となっている娘に、
はいっ!明日だ!明日もある!
早よ寝よ!明日も5時半起きよ〜
と寝室に連れていき、
なかなか眠れないようでしたが、
なんとか就寝。
でも一つ力が抜けました。
初日落ちたことで、
よし次だ次だ!と気持ちを入れ直す、というか、
仕切り直すことが出来たように思います。
まだまだ〜と新弟子のように、
ぶつかっていくしかないさ。
このもし合格したら、
もし不合格だったら、
のシミュレーションは1ヶ月前くらいと1週間前に色濃く話していました。
もし合格だったら、
パパとママはその時点から飲みだす。
酒とつまみはスタンバイしている。
あなた達にもゲームを手渡す。
夜通し祭りじゃ。
と。
でも不合格だったら、
はい寝よ!すぐ寝る!
5分後就寝じゃ〜。
と。
言う風に、これは、親の為のシミュレーション。
役に立ちましたね。
やること分かっていましたから。
その通りに実行しました。
娘の良い所は、
「まだあと2回受けれる。」
と考える子だったこと。
いやいや、試験は後になればなるほどキツいもんがある。と分かってはいたけれど、
チャンスは何回もある。
と考えれていたこと。
そこは、なるほどな、と思いました。
そして、最後の最後に合格することが出来て、
初めて泣きそうに、はならない。
実は、二日連続で不合格だった時に、
私は高校受験を見据えて、
塾の資料を4か所請求かけておりました。
そして、娘が気に入りそうな高校もざっと目星をつけていました。
またその学校が良さそうでね。
えーっすごーい!
都立もたくさん良いとこあるあるーっ!
とすでに前向きでおりました。
すると合格いただけたので、
少々拍子抜けというか、
慌てて入学手続きをし、
塾や学校に連絡をしていくうちに、
えーっ合格だ。
受かったんだわ。
区の方にもどこに進学するか報告するんだったわな。
と手続きに追われて、
なんか、祝いといった祝い、してないな。
コロナ禍でレストランとかでかんぱーいってこともしてないしな。
かんぱーいってしたら末っ子5歳が怒り出すので出来ないし、
「いただきます。」
しか許さない5歳。
許せよ、こういう時くらい。
うむ。ちょっと考えよう。
娘も「実感ない。でも全部の試験問題見れたのは落ちたから。一日目で受かった子は二日目三日めの問題は知らないよね。」
と何の優越感。
半年でよく頑張った。
分数の通分、なんなら小数点の足し算から、
よく容積問題までたどり着いたな!
次回で最後にします。