普段
観れない映画がある
聞けない曲がある
行けない場所がある
でも、急に思い出したくなって
観たり、聞いたり、行っちゃったりする。
で、号泣
なんなんだ
別に自分に酔ってるわけじゃない
あたりまえだ
こんな経験なんかしたくなかった
日曜のスーパーで、夫婦で買い物してる人を見るだけで
心がえぐられるんだぞ
もうこの先も 平凡な家庭 はない
という事実の中で生きていかなくてはならないのが辛い。
一人親ってつくづく大変だ。
前なら俺が厳しくして、妻が逃げ場を確保してあげる。
だから子供達も反発せず、叱られた理由を考え ることができた。
それが今では全然だ。
当然だ一人いないのだから。
だから、前みたいな厳しい口調ではなく
なるべくやんわりと言う。
やんわり言ったって聞くわけがない。
それを我慢して根気よく言う。
聞かない
言う
聞かない
言う
聞かない
最後は怒鳴る と。
怒鳴るのはいいが
収めどころがないからどんどんエスカレートしていくときがある。
エスカレートすればするほど歯止めが効かなくなってしまう。
ちょっとしたことでも大事になってしまうのだ。
もうこういうのがほとほと疲れてしまう。
ぜーんぶ、おまえのせいだからな
生前、妻がよく言っていた。
はやく60代ぐらいになって、車でいろんなところに行きたいね って
先日出張で、ある道の駅に寄ったとき
古い4WDに老夫婦が乗っていて
二人仲慎ましく缶コーヒーを飲んでいるのを見た。
古い4WDだけど、今まで大事に乗ってきた様で
いい感じにやれてる?
なんか、そこにその二人の辿ってきた人生が垣間見えた気がした。
正に俺が夢描いていた将来像だ。
涙がでた。
俺にも妻がいたのに
今はもういない
老後?
そんなこともう考えられない
虚しいだけだ
もう欲なんて何もないって。
食欲、物欲、なにもない。
なにもほしいモノはない。
なにかほしいと思わない。
昔なら、車がほしい、ステレオがほしい
あれが食べたいこれが食べたい
あそこに行ってみたいあれがしたい とか
生活は苦しかったけど、いろいろ欲はあった。
だが、今はまるでなし。
どうせそんなもので心は満たされないし
死んだら何も持っていけないのだ。
妻が大事にしていたものを見たら余計にそう思う。
ただ、今現在生活していくためのお金は必要だ。
多くはいらない。
生活できればいい。
あと2年半。
それまで生きていられれば、 それでいい。
あとは何もいらない。
生活は本当に大変だ。
朝、弁当づくりから始まって、掃除に洗濯、その日の買い物。
合間合間で仕事。
幸か不幸か個人事業なので、なんとか時間をうまく使ってきりもりしている。
でもとにかく大変だ。
ある日奥さんが子供を置いていなくなったときのことを想像してみれば
どれだけ大変なのかわかるだろう。
って、想像もつかないか。
だいたい、ただいなくなったわけじゃないし
出てったんなら、捜すし、いつか帰ってくるっていう期待感もある。
ウチの場合、それは永遠にないわけで
それに自分の体調も、調子いい日とそうではない日があって
ま、そうではない日のほうが多いんだけど
またその中でやりくりするのが大変なんだよ。
そうではない日は、メンタル面での原因が多いから
まず普段なるべく妻のことを考えない様にしようと。
何せほっといたら四六時中、24時間考えているわけで
それをなんとかしなくてはと。
だから、理由をつくってなるべく人に会う
なるべく頭が働くことをする。
俺の知人や友人たちはそんな俺をみて
もう立ち直って元気にやっていると思っているわけ。
それは俺の仮の姿なんだけどね。
で、自分のメンタルをなんとかしたくてそうしているのに
家に帰って一人でいると
さっきまで元気だったその仮の姿と現実とのギャップを感じ
もうあかん。
消えたくなるんだよ。
そんな日々ですよ、俺の生活は。