忘れないうちに書いておく。
子供たちがまだ小さい。
下の子が2歳くらいかな。
どうやら、新築の借家に住んでいるみたいだ。
彼女とのなんでもない普通の日常会話。
時折見せる優しい笑顔。
何も変わっていない。
家の外に出てみると、小さいけど綺麗な一軒家だ。
アパートではない。
でも一軒家の借家で家賃が6万円で、随分と安いなと感じた。
別に駐車場を借りていて、その分が大変と彼女。
駐車場なんて借りなくても、ここになんとか置けそうだ。
ママの自転車だってここに置けそうだよ。
そんなところに車や自転車を置いて、見栄えが悪くならない?
相変わらずだなと感じた。
そんないつもの会話をしながら下の子をあやす。
なんかとても時間がゆっくりと動いている。
時間は夕陽、色はオレンジ
そんな空間だった。
そして静かに目が覚めた。
彼女はどうしているのかな。
こうしてちょくちょく夢に出てくるのは
俺たちの側にいるからだろうか。
もともと合理主義なほうである。
目標達成に向かい
最も効率が良い方法を導き出し逆算で行動する。
たとえイレギュラーなことが発生しても
ゲームのイベントの様に考え
攻略解決プランを修正
また、それを楽しむ様に今までの人生やってきた。
それがどうだ。
君が死んでしまうイレギュラーだなんて。
とても平常心で解決なんてできないよ。
今これをしておかないといけないと逆算しても
それができないんだ。
それでまたプランを修正する。
修正しても修正してもクリアできない。
当初予定していた1年半で解決することが
未だに20%ぐらいしか進んでいない。
合理主義だったのに・・・
それは、妻の存在があってのことだったんだな
っていうか、できてたことなんだな。
今回の出張にしてもそうだ。
誰もお疲れ様なんて言ってくれない。
妻にお疲れ様と言われ、はじめて頑張れて
そして合理的に物事を考えられるわけで・・・
今の俺は・・・
同じ自死遺族の他所様のサイトであるコメントを読んだのだが・・
人間は誰もがいつかは死ぬと。
いつか死ぬことが自殺により今その時期が来ただけ。
悲しみや苦しみや後悔の気持ちは、自死遺族に限らず誰も同じだと。
死因を周りに言えないのは本人の受け止め方の問題。
あのな、そんな言い方したら
元も子もないだろ。
人間には感情があるんだ。
なにで死んでも死ぬのには変わらない?
そうじゃないだろ?
そんな簡単には割り切れないから皆苦しんでいるんだろうが!
しかし、当事者ではない人にいくら説明したところでわかるはずもなく
また、わかってもらったところでどうにもならない。
ただ、そういうことを自死遺族のブログにコメントをするのは
いかがなものかと。
出張で九州にきている。
やっぱり気温が全然違う。
ホテルの人に聞いたら、今日は寒いほうだと。
そうか、これで寒いんだ?
歳をとったら寒さが堪える今日この頃
老後は南の地域に住むことを考えたほうがいいかも。
でも今度は夏の暑さの問題が出てくるか。
よし、老後は
夏は北国、冬は南国に住める様に今から頑張るか!
そんなことを出張先の九州で思ってみたり。(笑)
腹が減らない様にあんなに食べたのに
少し時間が過ぎたらもう減ってくる
面倒だ
また食事の用意をしなくては
ああ面倒だ
食べないで生きていく方 法はないものだろうか
一人で用意して一人で食べる
義務的に
ただ目の前の食べ物を口に運ぶだけの食事
味なんかみんな一緒
そういいながらもレトルトは食べ飽きている
誰かと笑いながら食事をしたのっていつだっけ?
こんなのいつまで続くのだろう
時間がもったいないと感じるこの食事