迷惑と感謝 | 〇 シャボンのしゃぼん玉 〇

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見たまま、感じたまま、思ったこと、したことなど
色々と書いてしまうブログです^^









人様に迷惑をかけるんじゃありません!












些細な事で こう言う事を言う親がいるが







シャボンの親は そんな事をやたら言ったような記憶はない。










だけども シャボンの中にある






迷惑をかけない、















かけてきたはずなんだろうし





かけてきたに違いないんだけど









シャボンは 自分でやってきた!感がありすぎで







いや、







やっていかないといけない時期が実際あったし








両親が離婚すれば あのオカンだ







やらざるを得ないような事が次から次へとあって







反面教師も重なってか?







シャボンは自分でやらないと!







迷惑かけて生きたくない、







そう言う自分になっていったのだろう。










そして 人は肉親でも 簡単に捨てたりする、







オカンがよその男と同棲中、親戚中 たまい回しか!




みたいに預けられ






預け先で 肩身の小さい思いをしながら






捨てられる…感は 一層 濃いくなっていた。








どれだけいい子にしてても!だ。


















「過去」の記事で書いているように







シャボンには







性的な事での傷がある。






その記事にも最後に書いてあるが、







ブルに対して







普通の女の幸せな道に連れてきてくれて感謝







とある。
















ブルには感謝してる。




そこには共に轍を歩いてくれた事、





イコール、迷惑をかけたと言う事実に対して。













人に感謝したりする気持ちは大切だが







その気持ちの裏の






迷惑をかけてしまった







と言う事の割合が多いシャボンは








結婚生活のスタート前から





そんな気持ちを抱いていたんだろうし、







自分が癌になったり




オカンの事で どえらい迷惑をかけてしまったり





またこんな病気になっちまったり





色々するうちに







今までに無い申し訳なさ、






自分は今まで やってきたし、やれて来たレベル、或いはレベル以上の事を







ブルに背負わせる事の申し訳なさが







段々強くなり








小さな頃から感情を抑える普通の事が







この結婚生活の中でも 現にまだ、未だに自分の中にあり









重ねるカウンセリングのお陰で








少しずつブルに言えるようになってきて








先生も喜んでる矢先だった。












「言う」と言う事は ブルとモメたりする事にも繋がる事もあるので








その時々に また 申し訳ない…の気持ち全開にならないように








必死でコントロールに励んだ。











でも 自身のコントロールが上手く出来ない場合が多かった。







その辺りくらいから








捨てられる…感が出てきたんだ。










自分の意思は主張出来ない幼少期だったので









主張する事で嫌われ、捨てられる感が出てくるのだ。








こんなに 言いたい放題言ってるように見えるシャボンでも!だ(笑)。








肉親でも捨てる…






私は捨てられる…











それは お母さんが亡くなって





落ち着いた頃に






ドッと襲ってきた。







やんわりだったものが







ドッと。









そして







決定的にシャボンが感じたのは







先生の







「夫婦生活は どうですか?」






だった。









何故 決定的になったのか







それには また 上から上から色々な






次から次へとあり過ぎた結婚生活の中で







隠されてたシャボンの傷が







そこにはあったんだ。