娘は中3で
3月に卒業式が当たり前だけどあってね
不登校娘の親、シャボンは
担任に呼び出され
聞かれました。
「卒業式はどうなされますか?」と。
卒業式の日程も知らさてなかったからね、
その日に日程を知ったシャボン。
「どうしますかね~娘は煜。
たぶん欠席だと思いますよ♪
ずっと登校出来なかった娘が
卒業式の予行練習せず
当日に出席すると
想像できますかね煜?」
他人事かっ
!くらいに思ったか、担任~。
温度差バリバリで
シャボンに こう言いました。
「お母さん、
中学までは義務教育でしてね、
卒業式とは節目!して、
これからの道を頑張れ!
と言う意味と
おめでとう!
の意味を込めて
一旦、親子でリセットと言いますか、
色々な意味で卒業式と言う
行事が行われるんでね?
私どもも そうですが
親御さんも 色々と
先の道を歩くお子さんに
想いもあるでしょう?」
とな。
もちろん、そうですよ煜♪
くらいに 担任の話を
フムフムと聞いてから
この変わった親、シャボンは
ゆっくりと
こう言いました。
「ほんと!
義務教育が終わったんですね。
先生はおっしゃいましたね?
『節目』だと。
頑張れ!と言う気持ちですか?
おめでとう!と言う気持ちですか?
リセットですか…。
先生。
中学入学してから
この3年間、
私は親として
何度となく リセットとし
『きっかけは これだろうか?』
『こうなのか?』
娘の病気と戦いながら
共に 何度も頑張り、
何度も悔しい、歯痒い思いもし
『やったやん♪』と
喜び、
また壁にぶつかっては
リセットし、
中学3年間、それは
不登校の苦しさ、病気と戦いました。
おっしゃる通り、
義務教育が終わるのでしょう。
世の中では 卒業式を
節目と言うのでしょう。
しかしね、私と娘の中では
3年間の間、何度も
リセットしては
節目と言われる日を
肌で感じてきましたが?
…先生。
学校を一週間 休んだ!とは訳が違うんですね。
3年間、3年間
一日一日を 娘がどんな色々な想いで
時間を過ごしたとお思いですか?
一日は長いですよ。
娘は言った事があります。
『人間、認められて
必要とされて生きてないと
息をしているだけで
半分死んでるような感じになるんだよ』
とね。
不登校の時間は
娘が自分を一人の人間として
色々と考えた必要な時間だったと私は思います。
卒業式とは
学校の行事ですよね?
普通に登校し
何かしら認められ
何かしら残っていれば
娘は卒業式に出席するかもしれませんが
出席する!と言えば
私は娘に付き添いますが
申し訳ありませんが
卒業証書と言うものを
ただの紙切れだ!と
娘が判断したら
出席は致しません。
そうなれば
どのような形で証書を?と
学校側がなると
思いますので そうなればまた、
申し訳ありませんが
ご連絡させて頂きます。」
娘が作ったモノ、
娘がノートに書いた
色々なモノを
シャボンは
先生の目の前に出しました。
「すごいですね…
このようなセンスがあるんですね…」
と言ってくれた担任に
また変わった親 シャボンは
「ねぇ~?ほんと。
親として嬉しいです!
誉めて頂いて。
…でもね、先生。
これは 親の自己満足に過ぎませんよ。
他人に
認められたいのは
誉められたいのは
私でなく、このモノを作った
娘自身です。
娘は、誰かに見せたくて
作った訳でもないかもしれませんが
どんな事でも 誉められると言うのは
輝き生き続けられるエネルギーになりますよね?
嬉しいですが
これは 親の自己満足です。」
淡々とシャボンは話をし
娘のモノを鞄にしまい、
「卒業式の事は
娘にどうするのか
聞いておきます。
最後まで
色々とご迷惑をおかけし、
申し訳ありませんでした。
失礼致します…」
シャボンは学校をあとにしました。
「親として」の卒業式ならシャボンはいらない。
本人が必要!としたら
シャボンは
ちゃんと出席しますがね煜!