この料理に合うワインはなんですか?2
「俺…ね」
「はい」
松本くんが用意してくれた珈琲と、取り分けてくれたケーキ。
俺はレアチーズケーキで、松本くんはモンブラン。
それを目の前にして、カウンターに隣合って座った。
「二宮と同じ会社ってのは聞いた…よね?」
「あ…はい」
「あいつの…上司って言うか、ま…先輩って言うか…あの捻くれ者のね」
「捻くれ者…ですね…」
松本くんが少し笑って頷いた。
「仕事は嫌いじゃない…脳内回路フル回転させて、遮二無二に働く…それは、悪くない」
それは…。
どこか…。
快感と言う感情に似ている。
「俺ね、そこそこに仕事も出来たし? そこそこの見た目だし? まぁ…モテるよね?」
「え…そう言う事…自分で言います?」
松本くんが驚いたように見るから。
少し口角を引き上げて。
「俺は言うね」
笑えば。
松本くんは少し呆れたみたいに。
小さく息を吐いた。
「二宮が入社して、俺に付いて…最強の相棒を得たよ? アイツはあんな…だけど、仕事は出来た」
「あんな…ふふ」
「イチ言えば、十にも百にも広げる…あいつとはそんな関係だったよ」
後にも先にも。
俺は二宮程の頭の回転の良い奴に、出会った事はない。
そんな最強の相棒。
「カズも言ってました。尊敬出来る上司だって…」
「そんなに歳変わんねぇけど?」
「もっと上の人だと思ってました」
「アイツの事だから…腹出てるとか、ハゲてるとな言った?」
松本くんは少し目を細めて記憶を辿る様に…。
「言ったかも」
笑う。
この柔らかな笑顔が。
何故か…。
俺を饒舌にして。
あの日の記憶の蓋を…。
開ける。
痛みと…。
怒り…。
あの日の記憶は…。
今も俺を…。
あのドス黒い感情へと…。
引き戻す…。
「櫻井さん…」
引き戻された感情の中。
まるで暗い闇の中。
「櫻井さん…」
ソコに…。
一筋の光りが…。
差す…。
「無理して話してくれなくて…大丈夫です」
「…」
松本くんはカップを両手で包むように持つ。
優しく…。
花を扱う様に…。
優しく。
「聞きたい…としても…」
躊躇いがちな声。
「聞き出したい…わけじゃ…ないです…」
「…」
ふっと息を吐きながら…。
笑う表情。
俺の闇に…。
小さな一輪の…。
花が咲く。
そこから…。
光りが…。
拡がって…行く…。
そんな…感覚。
「ふぅ…」
息を吐くと。
隣の松本くんの肩が揺れる。
「そんなに怯えない…で?」
「…怯えては…ない…です」
松本くんが珈琲を飲んだ。
その姿を横目で確認しながら…。
「じゃ…迷惑でなければ…」
煙草に手を伸ばし。
「聞いて貰えますか?」
ゆっくり煙草に火を点け。
ゆっくり紫煙を吐き出す。
「俺で良ければ…」
光りは…。
松本くん…だろうか…。