この料理に合うのは赤ワインですか?1
柄にも無いことをしている自分に戸惑う。
戸惑ったとしても。
自分の行動を止める事は出来ず。
「ケーキ…食べる?」
松本くんを引き止める方法を模索している。
「ケーキ…ですか?」
少し鼻にかかった声は。
戸惑いを多分に含んでいて。
松本くんも俺同様、戸惑ってる事が分かる。
「そ、ケーキ。俺なんにも食ってないし」
「何も食べてないのに…ケーキでいいんですか?」
「勿体ないしね」
「そうですけど…」
他愛のない会話で。
なんとか戸惑いを消していく。
松本くんが、貰った物を仕分けしている姿を。
何となく視界の隅に捉えていた。
花の山の片付けを頼んだのに。
祝いの品をしっかり仕分けをし。
用途に合わせて、冷蔵庫を開けていた。
その姿はなんとも好感が持てて。
真面目な性格が垣間見える。
そんな松本くんの姿に思わず笑みが零れて。
そんな自分に焦ったり…。
「ナマモノは早めに食わねぇと…」
冷蔵庫を開けて箱を取り出すと。
背後で笑う気配がした。
「ん?」
「あ…いえ…」
振り向いた松本くんは何故か少し笑っていて。
それを慌てて引っ込める。
「なに? おかしかった?」
「あ…いえ…その…」
少し言いにくそうな雰囲気に。
俺は視線を落とした。
ガン見してたら言いにくだろうから。
ケーキの包装を解いて。
蓋を開ける。
「わぉ…洒落てんなぁ…」
「ふふ…」
思わず漏れた声に。
また松本くんが笑う。
「ん?」
やっぱりまた視線を上げてしまう。
今度は松本くんは笑いを引っ込める事はせず。
「…口調…」
「ん?」
「砕けますよね…」
「え…」
「どっちがホントかなぁ…って」
口調?
どっちがホント?
瞬きを繰り返しながら。
松本くんを見る。
「相葉さんが…」
「…」
「言ってたんです…」
あいつ…何言いやがった。
「真っ当に怖い人だって」
「は?」
「ヤバイ人ではないって」
「は?」
まーさーきーぃっ。
「ちょいちょい口調が崩れますよね? それがその部分なのかなぁ…って…」
「別に…ヤバイ人では無いですけどね」
自分で言って何処まで効果があるかは分からない。
仕方なく。
二宮に渡したのと同じ名刺を。
「はい」
取り出して、松本くんに差し出す。
「え…」
「雅紀曰く…裏稼業…ね?」
「裏稼業?」
そっちが本職なんだけどねぇ…。
「えっと…お店は…?」
「本業…?」
名刺を見つめたまま。
松本くんは動きを止めた。
本業はそっちで。
こっちが裏稼業…の筈なんだけど…ね。
「つうか…雅紀といつの間に仲良く?」
「あーえっと…昼間、配達先で偶然…」
偶然?
「会ったの?」
「…はい…」
なんだか小さくなって松本くんが頷くから。
可愛いねぇ…。
なんて…。
また…柄にもないことを思ったりして。
「お、うまそっ」
あえてケーキの箱を覗き込んで。
そこに反応するフリをする。
「松本くんくんは?」
「え?」
「どれにする?」
箱を少し傾げて、松本くんに差し出すと。
少し小さくなっていた松本くんが…。
目を輝かせた。
「あ…モンブラン…」
「好き?」
「…はい」
少し頬を赤らめる姿も。
なんとも新鮮で。
「あ…皿…」
「あ、俺出しますね」
松本くんがそう言うのをどこかで期待してた自分もいる。
「悪いね」
「珈琲…あります?」
「あ、あるよ?」
「それなら、珈琲淹れます」
「悪いね」
そう言って、カウンターを明け渡して。
自分は煙草に火を点けた。
「吸いすぎですからね」
お、そこは強気なんだ。
ケーキと珈琲の準備をしながら。
しっかりこちらの様子も伺ってて。
「見逃して頂けると助かるんですけどねぇ」
「見逃せません」
強めに睨まれる。
「ケーキ二個食っていいから」
「そこは一つで」
「あ、そう?」
なんだか恥ずかしいくらい甘い空気に。
ケーキを食う前に胸焼けしそうで。
「やっぱり吸ってい?」
って笑うと。
「握り消すのはナシですよ?」
昼間の苦い記憶を思い出して。
笑う。
この空間を手離したくないと思っている自分がいる。
そんな自分に。
そんな感情が残っていた自分に…。
驚いて。
それでいて…。
嬉しい…と。
思う。