ポインセチアの赤は葉っぱです。2
ざんねーん…って。
「あの…櫻井さん?」
「ん…」
「カズは…大丈夫なんでしょうか…」
見送ったものの…。
今更襲ってくる、不安。
「あはっ今更?」
「ですよね?」
そう。
見送ったんだから…。
もう今更なんだけど。
「絶対大丈夫って、俺は言いきれないけど…」
櫻井さんは入口のロールカーテンを下ろしながら。
「雅紀、は…」
言いかけて止まった櫻井さんがこちらを向く。
「…大丈夫じゃねぇな…」
そんな不安を煽る言葉を告げて。
笑う。
「…む…無責任…」
「ま、飲んだのは二宮だし?」
「そう…ですけど…」
「アイツもそこそこの大人でしょ?」
櫻井さんは緩やかに歩いて。
カウンターに回り込むと。
冷蔵庫から…。
また瓶の飲み物を取り出す。
「あ? 飲む?」
「いえ、お酒は…」
え…。
待って。
『送るよ?』って言ったよね。
まさかの…。
徒歩!?
思わず櫻井さんを凝視すると。
「ん?」
櫻井さんは驚いて俺を見返してくる。
「あの…ずっと…飲んでますよね…」
「あーまぁ…?」
「あの…」
瓶の飲み物を一口飲んだ櫻井さんが。
ふっと息を吐いて。
「これね…」
「…」
「炭酸水」
「…」
…え…?
「炭酸水だから、ノンアルコールね」
片方の口角を引き上げた櫻井さんの表情は。
強気で。
なんて言うか…。
綺麗で。
大人で。
「ちゃんと送るよ?」
俺の鼓動を早める威力を持っていて。
「え、っと、いや…送ってもらわなくても…っ」
慌てる。
「いえいえ送らせてください。付き合ってもらってるしね」
そう軽く笑った櫻井さんは。
店の片付けを始める。
「あ、手伝いますっ」
「あーいいよ…松本くんはそっちね」
絆創膏の貼られた手が指すのは…。
カウンターの上の花の山で。
「あ…はい」
改めて向き合って。
「カゴの花は…このままでいいですか?」
「あ、うん…手入れはお願いしても?」
…ふふ。
ホント苦手なんだ。
「いいですよ?」
「今笑った?」
「いえ…」
笑ったけど。
「そのまま枯らすよりはマシでしょ?」
「ですね」
櫻井さんは空の瓶を集め。
それをせっせと運んでいる。
「花束は…」
「誰かに譲りますか…ねぇ」
「え…」
運んだ瓶を、木の箱に詰めて。
カウンターの奥にある小さな部屋に運んでる。
そこはさっきちょっと覗いたけど。
この店の事務所みたいな感じだった。
「こんなに貰ってもね…花瓶もないし?」
事務所から出てきた櫻井さんが、カウンターの中。
俺の正面に立った。
「…少し、当たってみすね」
櫻井さんは俺の言葉に頷いて。
「助かります」
そう柔らかく笑った。
ドキッとするのは。
その表情が。
最初にあったふんわりと笑う笑顔…だから。
「松本くん」
「…っ、はいっ」
「こんな時間だけど…」
えっ。
その言葉に、腕時計に視線を落とし…。
「え…」
俺の腕時計に。
櫻井さんの手が重なって。
文字盤は…見えない。
「さ…」
「明日…仕事だって分かってるんだけどね」
正面の櫻井さんを見つめた。
「明日って言うか…今日だけど…?」
少し照れくさそうに見つめてくる櫻井さんから。
視線を反らせない…。
「もう少し…」
大きな瞳が…。
真っ直ぐに…。
俺を見て…。
「…いられない…?」
低い声が。
俺の鼓膜と。
心を…。
「いたいんだけど…」
…揺らす。