ポインセチアの赤は葉っぱです。1
『俺を差し置いて?』
そう言った櫻井さんは。
強烈に綺麗で強気な笑顔を見せた。
それから。
「松本くん、帰りは?」
静かに聞いて来るから。
意味がわからず首を傾げる。
「電車? 車?」
「あ…」
帰りの乗り物の事…なんだ。
「…じ、自転車…です」
「へぇ…」
意外そうに笑って。
「でも飲酒だから…」
フワッと櫻井さんの香りが香ったかと思うと。
耳元…で。
「送るよ?」
低い声が囁く。
「…っ」
驚く程近い距離で…。
櫻井さんはフッと笑ってから。
俺に背中を向けた。
「おーい、終電無くなる前に撤収しろー」
そう、店内に向かって叫ぶ。
えーとか、まだ飲むーとか。
そんな声がしたけど。
「はいはい、潰れる前に帰れ」
櫻井さんはあっさりとあしらう。
なんだかんだ文句を言いながらも。
それでも櫻井さんのオープンを祝いに来たお客さんは…。
櫻井さんと握手したり、ハイタッチしたり…。
どさくさに紛れてハグしたり…。
「…」
しながら…。
少しづつ店を後にして行く。
「あの…」
「ん…?」
「俺は…」
どうしたら。
少し見送りの波が途切れた所で声をかけると…。
振り向いた櫻井さんが。
「それ、俺はどうすればいいかわかんねぇからさ?」
それ…。
あ…。
この、花の…山ね。
カウンターに置かれた花束の山。
「お願いしてい?」
お願いされてるはずなのに。
その言葉は何処か…。
強さを持っていて。
「…はい…」
頷く。
櫻井さんは優しく微笑んでから。
また…。
見送りに戻る。
帰りたくなーいっ…って、甘い女の人の声を。
『俺は帰したーい』って上手に交わして。
笑ってる。
そんな櫻井さんの声を聞きながら。
『送るよ?』
そう言ったのは。
俺だけ…と、思えば。
なんだか浮き足立って…。
その浮き足立った感情が…。
なんだかソワソワして。
それを隠すために花の山に手を伸ばした。
花じゃない物と分て…。
え、これケーキじゃんっ。
要冷蔵って書いてある。
それは冷蔵庫に…。
カウンターに回り込んで。
勝手に冷蔵庫を開けて、ケーキを押し込んで。
それから…。
こっちは…。
お菓子?
要冷蔵ってないから、大丈夫だね。
花よりこっちの方が問題だよ。
なんて、いそいそ動いていると。
「しょーちゃーんっ」
相葉さんの声がして。
顔を上げた。
「おーぅ」
いつの間に見送りを終えたのか。
櫻井さんは凝った肩を解すように回しながら。
「どした?」
相葉さんの声の方を振り向いた。
だから、俺も。
「え、カズっ」
視線の先で。
カズが…。
カズが…。
「潰しちゃったーあははっ」
そう言って笑う相葉さんに凭れて。
カズが…。
「寝ちゃった…んですか?」
「うんっ」
相葉さんは相変わらずニコニコで。
カズは…。
ぐっすり眠ってる。
「あ…じゃぁ…俺…」
「責任とれよ?」
連れて帰ろうと言おうとした言葉を奪われて。
カズに駆け寄ろうとした動きも。
櫻井さんに封じられた。
「潰したのは雅紀な?」
「え、でも」
「そいつ、そんなに酒強くねぇの」
「うん、そんな気はしてたっ」
そう言う相葉さんはまだ飲んでて。
カズが崩れないように抱きかかえてる。
「分かってんなら潰すんじゃねぇよ」
「だってぇ、明らかに絡み酒だったよー」
「絡まれとけ」
「だからさーついつい…」
「ついついじゃねぇよ」
櫻井さんは呆れたみたいに溜め息を吐くと。
「俺はまだやる事あるし、二宮は雅紀に任せる」
「勿論っ、そのつもり」
相葉さんは俺を手招きした。
「え…」
「ちょっと子犬ちゃん、支えてくれる?」
「あ、はい」
慌てて櫻井さんの横をすり抜けて。
相葉さんに凭れたカズを支えた。
「うーん…のめ…る…」
うわ言みたいにカズが言う。
「はいはいもうおしまいねー」
それに答えたのは相葉さんで。
飲んでたビールを飲み干してから。
「はい、乗せてー」
俺に背中を向けた。
あ…おんぶっ。
向けられた背中にカズを乗せる。
相葉さんは軽々カズを背負うと。
「じゃ、任されます」
と、笑う…けど。
大丈夫なの…かなぁ…。
「あ、雅紀」
櫻井さんが冷蔵庫に回って。
「これ、持ってけ」
「えー持てないよー」
「持てんだろ」
さっき俺がしまったケーキの箱を取り出した。
「今日の礼」
「貰い物の横流しじゃんっ」
「いいだろ」
櫻井さんが差し出したケーキの箱を受け取って。
器用に広げた相葉さんの手に乗せた。
「じゃ、またね潤くん」
またニコニコと相葉さんは笑って。
「翔ちゃん、よろしくねっ」
と付け加えた。
よろしくっ!?
「雅紀、手ぇ出すなよ?」
「えー拷問っ」
えっ!?
相葉さんはニコニコをその顔から消して…。
「合意、なら…いぃんでしょ?」
と。
見た事のない表情で言う。
いつの間に煙草に火を点けたのか。
櫻井さんは煙を吐き出しながら。
「親の許可がねぇから…却下だ」
そう…低めの声が告げると。
「ちぇ…ざんねーん」
何時もの相葉さんに戻って。
「じゃーねー」
櫻井さんの店を出て行った。