この料理に合うワインはなんですか?3
無敵だと思っていた俺と二宮に。
『よろしくお願いしますっ』
そう頭を下げたのは。
真っ直ぐな瞳と、活きのよさそうな大卒新人だった。
アイツは…。
真っ直ぐだった。
ただ真っ直ぐで。
正直で。
馬鹿がつくほどのお人好し。
俺の様な腹黒さも。
二宮のような捻くれ者加減も。
どれ一つ持っていなかった。
だからこそ。
俺と二宮は可愛がって。
一緒になって仕事に打ち込んだ。
それが…。
アイツを蝕んで行くなんて…。
気づきもせずに。
少し痩せた?
そう二宮が言った時。
あの時…。
どうして気づいてやれなかったのか…。
『大丈夫です、ちゃんと食ってます』
『大丈夫です、ちゃんと寝てます』
そう言って笑うアイツを。
何故疑わなかったのか…。
今も…。
後悔している。
悔やんでも悔やんでも…悔やみきれない。
卑怯な手を。
卑劣な手を使う奴は。
社会にはゴロゴロしていて。
アイツの様に真っ直ぐなだけでは…。
ダメだと…。
知っていたはずなのに…。
痩せ細ったアイツが。
手首を切ったのは…。
俺の下に付いて半年を過ぎた頃。
異変に気づいたアイツの妹が連絡をくれた。
「…生命…は…」
ずっと黙って聞いていた松本くんが。
震える声で問いかける。
「助かったよ…」
「そうですか…」
短くなった煙草を揉み消して。
珈琲を飲む。
拡がる苦味が沁みる。
「アイツの部屋で、アイツがされてた嫌がらせの数々を知った」
俺をよく思わない奴らに。
しかも同じ会社の奴らに。
されていた…嫌がらせ…。
純粋で真っ直ぐなアイツに浴びせられた…。
罵声の数々。
脅しの数々。
総て…。
ノートとレコーダーに。
きっちり残されていた。
それは…。
俺の教え。
『相手の証言は録音しとけ』
冗談で放った言葉だ。
卑怯な奴らの狙いは…俺。
首謀者は…。
俺にその座を奪われる…と、恐怖心を煽られた。
馬鹿な上司。
「ぶっ殺してやろうと思った」
「…」
くだらない恐怖心と保身の為に…。
人一人の生命を奪おうとした…。
馬鹿野郎を。
「殺してやるつもりでいたよ…あの日の俺は」
会社に乗り込んで。
ヘラヘラ笑っている馬鹿野郎を見た瞬間。
怒りが…。
総てをぶち破った。
鈍い感覚は。
今も…残る。
この拳に。
骨が折れる…。
音も…。
耳に…残る。
「二宮がしがみついて…停めてた…な…」
二宮が何かを叫んで居たのは…。
記憶の隅にある。
けれど。
その言葉を思い出すことは出来ない。
逆上していた。
視界に映る総てが。
意識の総てが…。
真っ赤に染まって居たのを…。
まだ…。
鮮明に覚えている。
「俺はあの日…」
グッと拳を握り締める。
「二人…の人間の生命を…」
その拳を開いて。
少し震える手を…。
煙草に伸ばす。
「その生命を…」
奪い…かけた。
「もう…見過ごせません」
伸びた手に触れたのは。
松本くんの…手で。
「吸いすぎですよ…もうダメです」
そう強く言い。
松本くんは。
「…」
優しく。
柔らかく。
…微笑んだ。