芍薬の様に背筋を伸ばし。1
この人の背負った痛みを…。
受け止められるか…。
と聞かれたら…。
答えは…。
ノー、だ。
痛みは。
辛さは。
彼だけのモノ。
苦々しく語られる櫻井さんの過去に。
正直。
どんな言葉を掛けられるか…。
俺には分からない。
火傷の傷を忘れる程。
握り締められた拳。
その拳には…。
櫻井さんしか知らない。
櫻井さんにしか理解の出来ない…。
痛みと苦しみが…。
ある。
その手が…。
また煙草に伸びる。
きっとやり場のない感情を…。
少しでも紛らわす…為。
きっとずっと…。
櫻井さんはそうして来た。
でも…。
「もうダメです」
これ以上は見過ごせない。
そう思ったら。
身体が動いて。
櫻井さんの手に手を重ねた。
「見過ごすにも程がありますからね?」
重ねた手を軽く叩いて。
そのままその先にある煙草を取る。
「今夜はもう禁煙です」
奪い取った煙草を櫻井さんの手の届かない所に置いて。
笑った。
櫻井さんは…。
困った様に眉を下げる。
「…っ」
その表情は。
初めて見る顔で。
過去を語っていた表情とも。
出逢った時の表情とも。
違う。
それは。
表現するなら。
俺的に表情するなら。
そう…。
生きてる…顔。
辛く苦い過去は。
きっと櫻井さんの心に大きな闇を齎し。
その闇の中で…。
藻掻いて。
藻掻いて。
いつしか…。
櫻井さんは藻掻く事をやめ。
感情を殺した。
爽やかな程の綺麗な笑顔は…。
その押し殺した感情上に成り立っている…。
この表情は…。
そのどれにも属さない。
押し殺してない…。
素の櫻井さんの顔。
そう思ったら。
ギュッと…。
心が締め付けられる。
ふぅ…と、息を吐いて。
もう一度吸い込んで。
「俺に出来ることがあるとすれば…」
「…」
「生き急ぐ櫻井さんを留めること…くらいですね」
「…」
前を向く。
「大変でしたね…とか、苦しんだんですね…とか…そんな言葉では…きっと括れるモノでは…ないでしょ…?」
体験していない俺には分からない。
分かりたいとしても…。
それは無理で。
カズのように隣にいたわけでもない。
ずっと見ていたわけでもない…。
出逢ったのは…。
今日だ。
「だとしたら…俺に出来ることは…」
辛い過去を。
暗い闇を。
それを背負う櫻井さんが。
これからを生きる為に。
これ以上生き急ぐ事の無いように。
「アナタと笑う事…くらいです」
もし…。
櫻井さんが許してくれるのなら…。
「あ、勿論っ…櫻井さんが…」
隣を空けてくれるなら…。
と、振り向いて言いかけた言葉は…。
…。
その唇に塞がれて…。
紡ぐ事は出来なかった。