咲き誇れ牡丹の如く。1
櫻井さんから。
翔くんに…。
呼び名が変わった夜が明けて。
俺は眠らず市場に向かった。
気分が高揚していて。
不思議と眠気はない。
どちらかと言えば。
『あれ? 今日機嫌いい?』
なんて知り合いに言われる程で。
ま。
自覚はあるんだ。
ウキウキしてるし。
完全に浮き足立ってる。
苦手な朝に。
こんなにも気持ちが晴れるのは…。
櫻井さん…。
翔くんのおかげ。
花を仕入れて。
それを車に乗せて店に戻ると。
「おかえりー」
翔くんが迎えてくれた。
「起きてたんですか?」
「まぁ…」
「寝てて大丈夫ですよ?」
「徹夜させたのは俺なんで…手伝えれば…と、思ってね」
少し眠そうな顔で翔くんが笑ってる。
「ふふ…」
何を手伝ってくれるのだろう…。
花に無頓着な翔くんが。
「役に立たねぇと、思っただろ?」
「ふふっ…バレました?」
笑うと。
「あはっ、コノヤロー」
笑われて。
そんな感じが心地いい。
「あ…」
翔くんが店に掛けられた時計に視線を移してから。
「飯、食う?」
と言われて。
七時になろうとしてる時間を知った。
「あ…そうですね…」
「じゃ、付き合って?」
「…は、い…」
店を出て。
少し前を歩く翔くんに着いていく。
「いつもこんな早起き?」
不意に振り向いた翔くんが。
俺の隣に並ぶ。
俺に歩調を合わせてれる…。
そんな些細な事が…。
嬉しいと思う。
「朝は…市場に行くので、早起きです」
「…敬語…やめない?」
「あ…」
少し困り顔の翔くん。
そのまま少し唇を尖らせる。
「やめてくれると、嬉しいんだけど」
「は、うん…」
はい、をやめて、頷けば。
途端に嬉しそうに笑ってくれる。
それが…。
俺も嬉しい…っ。
「雅紀の店、知ってる?」
「あ…中華の?」
「そ…」
こんなに早くやってるの?
って、思うと。
何処からともなく…。
いい匂いがしてくる。
「雅紀は弁当屋なんだけど…雅紀のオヤジさんは中華料理の店やってて…」
「うん」
「雅紀んとこに…」
櫻井さんが言葉を止めて。
歩く足も…止めて。
前を向いた。
追いかける…視線の先に…。
「あ…」
ラーメン屋らしき看板。
その出入口の横に、小さな窓が開いている。
「あれ…?」
「…そ…」
小さな窓の所はケーキ屋のショーケースみたいになってて。
ラーメン屋と弁当屋が共存してる…。
ちょっと可笑しな作り。
いくつかお弁当が並んでいて。
上の方にはおにぎりもある。
「あ、櫻井さんっ」
小窓の中でいそいそと動いていた人影が。
コチラに気づいて。
窓から身を乗り出すように手を振っている。
「…お、ぅ…」
その人に向かって翔くんが手を上げる。
翔くんのその瞳に。
憂いを帯びたのは…。
きっと気の所為じゃない。
彼は…。
「いつもの貰える?」
「はいっ」
元気に返事をした彼は、小さな紙袋を差し出した。
櫻井さんがポケットから千円札を取り出して。
「もう一つある?」
「ありますよー」
彼は満面の笑みで。
もう一つ、紙袋を取り出した。
「雅紀は?」
「まだ寝てます、なんか遅くまで飲んでて…知らない人を連れて来ましたよ?」
知らない…人…?
「え…」
相葉さんが連れて帰ったのは…。
確か…カズの、はず。
「そ…じゃ、また明日な」
翔くんが紙袋を二つ受け取って。
背を向ける。
「はい、いつもありがとうございますっ」
深々と頭を下げた彼につられて。
俺も頭を下げた。