咲き誇れ牡丹の如く。2
「気づいた…よな…」
先を歩く翔くんに追いつくと。
翔くんが呟く様に言う。
「でも…カズを知らないって…」
「…」
俺が思っていることが当たっているなら。
彼はかずを知っているはずで。
でも彼は…。
カズを知らない人…と、言った。
「よく…見てるね」
翔くんが寂しげに笑って。
小さな溜め息を吐いた。
「記憶が…ないんだよ」
「…」
「俺たちと働いてた…時間の記憶が…丸々抜け落ちてる…」
「…」
そんな…。
「目覚めたアイツは…記憶を無くしてた…俺の事も覚えてない」
「…」
「忘れて…しまいたかった…んだろうって…」
「…」
「全部忘れて…」
翔くんが空を見上げた。
憂いを帯びた瞳の意味は…。
コレで。
翔くんは…。
ずっと…。
ずっと…。
その十字架を背負い。
贖罪を続けている。
でも。
そうなの…かな…。
忘れてしまいたかった…。
それは。
辛かったから。
苦しかった…から?
自分のされた事をずっと記録していた…彼が。
翔くんの言葉を忠実に守って来た…彼が…。
翔くんの事を…。
忘れたかった…?
「きっと…」
空を見上げたままの翔くん。
「忘れたかった…じゃなくて…」
「…」
「翔くんの役に立ちたかった…んじゃ…ないかな」
翔くんが歩みを止めた。
だから。
俺も足を止める。
「役に立てなかった自分が悔しくて苦しくて…だから…記憶を…封じ込めたんじゃ…ないかなぁ」
「そんな…」
翔くんは驚いたみたいに俺を見つめてる。
「忘れたかった…なんて、きっと違う」
だって。
さっきの彼の瞳は。
翔くんの事を、好きだって語っていた。
きっと…。
昔もこんな瞳で。
翔くんに憧れて。
尊敬して。
その背中を必死に追いかけていたはず…だから。
「忘れた…じゃなくて…一休みしてるだけ」
「…」
「一休みして…また翔くんに認めて貰おうって頑張ってるだけ…」
それだけ。
忘れたくなんてない…よ。
きっと。
「こんな素敵な人に出逢った記憶…無くしたくないもん…俺なら」
俺なら、絶対忘れたくない。
ずっと…想って…いたい。
翔くんは…。
震える息を吐いてから…。
「…潤…」
そう名前を呼ぶ。
「なぁに…?」
「…」
少し距離を詰めて。
翔くんの前に立つ。
「…抱き締めてキスしてい?」
…。
…っ。
ニヤッと笑って言うから。
「ダメです…遠慮します…」
そう言って一歩後ろに下がる。
「ちぇ…ざーんねん…」
「公衆の面前なので…控えて下さい」
「え? 何? 公衆の面前じゃないなら、抱き締めてキスしていいの?」
俺が下がった分だけ。
翔くんが距離を詰める。
「ダメです…もうっ、そんな事ばっかり言って」
せっかく。
言ったのに。
せっかく…。
ドンッと翔くんの肩がぶつかって。
「サンキュ…ちゃんと伝わってる…」
耳元で低い声が囁く。
思わず…。
心が震えた。