「悪童」雑感 | ひろたんのブログ

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さてそんなわけで、博多「キャナルシティ劇場」に到着。

悪童ポスター

 
開場予定は12時30分からでしたが、少し早めに入場が始まったので、早朝に着いて時間をもて余していた私もさっそく入り、そう広くないロビーを散策したあと、席について、わくわくと開演を待ちました。
以下、簡単な感想です。未見の方は、どうぞご注意を。
 




 
 
 


 
 
 
 あと、感想の中の②の文は、「趣味の部屋」の内容に触れてますので、そちらを未見の方もどうぞご注意を。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
①登場人物5人に演技者5人。客演も一人二役も無し。脚本と演出を外部にゆだね、純然たる演劇ユニットとしての公演とお見受けしました。おなじみの、「ヤスケンの裸」とか「ガンダム」とか「雨男」とかいった身内ネタも封印。それもあってか、始めのうち客席は、NACS的笑いどころを待っているような探しているような、そんな空気もあったような気がしました。

それとは逆に、会場で販売されていた「パンフレット」の方は、NACS 5人のえらくかっこいい写真、個々のインタビュー、脚本家・演出家を交えた座談会などが中心となっていて、こうした演劇のパンフレットでよくある演目の説明、制作スタッフや舞台裏エピソードの紹介、メイキング写真、識者による解説文といった内容はほとんどありません。そこはしっかりNACSファン向けの感じが濃厚で、そのあたりバランスがとれてるのかな、と思ったり。

②今回、古沢良太さんの脚本ということで、それも楽しみの一つでした。NACSファンで「趣味の部屋」を見た人も多いと思うので、同じようなことを感じた人はおられると思いますが、劇の構成は、その「趣味の部屋」に、相当似ていました。ざっと言うと、互いに微妙な関係にある5人(「趣味の部屋」では4人)の男たちが、そこに不在の1人の人物の消息とその真相をめぐって犯人さがしを始め、錯綜する会話のなかで状況もそれぞれの立場も二転三転していき、それと同時に、知られざる事実や互いへの複雑な思いもまたあらわになっていく。しかし最後は、そもそもの発端となったその不在の事実そのものがひっくりかえって・・・(そして大団円へ、あるいは大笑いへ、もしくはホラーへ)

「趣味の部屋」(2015年再演版)では、どんでん返しにつぐどんでん返しの末、ホラーな幕切れとなったわけですが、そんな結末もまた面白かったかも、と思いました。NACS公演としては、誰か一人が本物の悪人とか猟奇的人物となって終わるような、そんな筋立ては(ファン対策としても)難しいのかな、と思ったりしますけれども、いつかそんな演劇ユニットNACSの舞台も見てみたいなと、ふと想像してしまいました。

③そんな、古沢良太さん脚本の「悪童」でしたが、その主題となる「記憶」、もしくは「ミッドライフ・クライシス」、これは私が今まさにその真っ只中にあることもあるのでしょう、かなり「来ました」。最後、全員の思い入れのある「廃墟」から散開していく5人を見て私は涙が出た。
私は、NACSのみなさんよりも一回りも年齢が上ですが、ここ2、3年、いろいろなことに漠然とした不安を感じ、現状に苛立ち、こうでなかった人生のことを思い、転職もしくは退職をしようと本気で考えました。(結果的に退職にこそ至りませんでしたが、職場でこれまで積み重ねてきたものを捨て、一種の職場内退職のようなことを、この4月に行いました。) 去年の秋には、中学校の同窓会があって、卒業以来実に何十年ぶりにクラスメートと再会して、記憶の彼方に埋もれていたいろいろなことを思い出しました。大学時代に好きだったドイツ語への熱が今復活し、30年前に訪れた場所を再訪する、ということを続けているのも、かつての自分を探しているのだろう、と自分で漠然と感じています。
もう、「始まり」より「終わり」の方が明らかに近くなっている自分というものに、迷いや焦りを感じ、忘れているものを含めて自分の来た道をもう一度振りかえろうとする。そんな今の自分にとって、共振するところの多い舞台でした。 

ああ、そうそう、書くのを忘れていましたが(笑)、やっぱり5人そろっての舞台は最高ですね。このところ、シゲさんや音尾さんの舞台を見ていますが(安田さんの昨秋の舞台はチケットまで買ったのに仕事で見られなかった!)、やっぱり5人の舞台はいいです。至福でございました。