『自分のもの』
組織の上に立つと、動かすべき物事も大きなものになるが故に、うまく動いてくれた時に喜びも、また格別なもの・・・だと思う。
こういった経験を重ねていくうちに、成功の裏にある、部下の尽力や、社内外の関係各所の協力etcをないがしろにしてしまい(忘れてしまい)、その功績は自分のもの・・・と誤認識するケースも少なくない。
「自分には能力がある」という慢心がどこかに潜んでいる・・・ということが大きな要因だよね。
こうなってしまうと、周囲は少しずつ、その人から離れていき、気付くと物事がうまく動かなくなってしまった・・・なんていう話はよくあること。
本人がその事実に気付ければいいんだけど、立場が上になると、気付いたしても、しょうもないプライドのようなものが邪魔をして、なかなか変えられなかったりすることも(苦笑)
そういった状況に陥ってしまった時は、初心にかえり、「周囲への感謝を忘れない」・・・1つ1つのアクションに「ありがとう」がつけることが唯一の打開策になるのかな・・・。
(ブログネタ)人前で話すの得意? 苦手?
ブログネタ:人前で話すの得意? 苦手?
参加中
教師をしていたわけだから、得意だよねと思われるかもしれないけど、最初からそんな感じでもなかった・・・というが正しいかな。
どちらかというと1歩下がったところで・・・というのが、教師になる前までの自分だったけど、Danceをするようになってから少しずつ、そういうところが変わってきた気がする。
で、教師になってから、毎日授業で40人近い学生の前で話すわけだから、必然的に慣れてきて、それが今に至ってる・・・という感じ。
今までだと、MAX200人近い人を前に講演をしたことがあるけど、少人数グループで話すよりも、大人数に向けて話している方がラクだな・・・。
少人数だとさ、聞いてる側も集中しているだろうから、いろんなアラとかも見えそうだし、一方的に話すというよりは意見交換みたいな感じになるから、それなりの見識も持ってないといけないからね。
かべ?
正直なところ、エンジョイするとか、そういう余裕はなくて、ひたすら何とかしなきゃともがいてるところ。
何が大事なのか?
そのためにはどうするべきか?
リスクは?
などなど、考 えなきゃいけないことは山のようにあるんだけど、いま考えてることが正しいのかどうかも分からないだけに、なかなか前に進まない感じ。
まあ、唯一の救いは、流されてるとかそういう感じではなく、ひたすら前に進もうとしているということかな。
Android携帯からの投稿
『みんないっしょ』
国家間、あるいは民族間の争いは、今でも世界のどこかで起きている。
争いごとが起きてしまうのは「宗教」、「思想」、「国家体制」etc・・・の違いなどなど、いろいろな理由はあると思うけど、そもそも「人」という根本の部分では、みんないっしょなのに争いが起きてしまう。
悲しいことだよね。
こういった悲しい出来事は、たった1つのかけ違え・・・から起きることもあり、そこには「心の動き」が関係して、誰かが発した一言で、傷つく人もいれば、意に介さず・・・という人もいるように、言葉の捉え方や言葉を受けとめた時の心境など、心の動きによって、人は真っ二つに分かれることがある。
だけど、オリンピック等の世界規模の競技大会で、感動を与えるようなプレーがあった時、世界中の人が一様に同じ気持ちになる・・・ ということもある。
そう考えると、「人の心」をどう動かしていくか・・・ということも、組織を活性化させる上で重要な要素になってくるわけで、経営者やリーダーたるものの言動1つ1つが重要になってくるのは間違いないことだろうね。
(ブログネタ)5年前、なにしてた?
ブログネタ:5年前、なにしてた?
参加中
たしか、教員を辞めて、フツーのビジネスマンになったぐらいの頃かな。
まあ、慣れない環境で試行錯誤したり・・・という慌ただしくもあり、戸惑いもあった時期だと思うけど、ある意味ではビジネスマンとしての第1歩を踏み出した時期と考えれば、第2章スタートという感じだよね。
この頃を1つの原点と考えると、5年という節目で、もう1度、いろんなものを見つめ直す時期でもあるのかな・・・と思ったりも。
めんどくさい
何ともなかった人間関係が、ある時を境に崩れる・・・まあ、よくある話だよね。
だけど、友人や知人と違って、何かしらの血のつながりがある人間同士の関係が崩れる・・・となると、それはそれでめんどくさいな・・・と。
正直なところ、巻き込まないで欲しいな・・・と思ったりもするんだけど、それも血のつながりがあるが故のことなんだろうね(苦笑)
たぶん、自分自身が当事者じゃないから、こういう風に言ってられるのかもしれないな・・・と思うと、じゃあ、当事者になってしまったら?と考えると、微妙な感じ。
遠くに離れて住んでいると、(その土地で生きる上での)自分の中にある時計が、ある時点で止まってしまうんだけど、その土地で生きる人たちの時計は進み続けている・・・だから、少しずつ開き(溝と言った方が適切かな?)が生じてしまって、いろんなかけ違えが起きてしまうのかな?と思う。
そう思うと、1つ屋根の下に住む家族でも、1人だけ時間軸が違ってしまうと、こういう「かけ違え」が多くなってしまうような気がして、いま自分が選んでいる道って正しいのかな?と思ったりも・・・。
ITによっていろんな距離感が縮まっているけど、残念ながら、人の心の距離までは縮められないっていうのは何だか皮肉な感じがするね(苦笑)