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日記帳とペンと内なる天使    

メンタルヘルスコンサルタントの弘恵です。

札幌と東京の二拠点で活動しており、日常での気づきや体験などを綴らせていただいております。

ちょっとした気づきがあったのでブログを出すことにしました。

 

ここ数ヶ月、私は「共鳴」という言葉を出しているんですが、

共鳴とはすなわち、相手と共鳴する部分、信念が同じ部分のことです。

 

ピアノを弾く人と、テニスをする人の目標が違うように、同じものを目指していないと交わることがないんです。

 

 

攻撃する人とされる側には、必ず共通するものがあるというものです。

 

 

そして、振り子というものがありますが、両極端なもの同士がぶつかったり、攻撃したり、されたりするんですね。

 

 

劣等感と優越感は同じ振り子の線上です。(優劣の振り子)

劣等感があるから優越感に浸ることを目標にするんです。

 

 

本当は劣等感があるのに、それを認めたくなくて、誰かをいじめて攻撃して、「勝った!」と思いたくて優越感に浸る。

 

いじめられた方は更に劣等感が増す、という仕組みです。

 

 

この場合、同じ共鳴部分がある、ということになるわけです。

 

 

大事なのは、ここから何を学ばないといけないか、気づかないといけないのか、なんです。

 

 

どちらが良い悪いということではなく、同じものを共鳴する同士(同じ目標を持つ同士)から受けるものから、何を手放すべきかを気づかないといけないんですよね。

 

 

例えば、共鳴部分が「人に〜〜してもらいたい」だとします。

これは、

・人に幸せにしてもらいたい

・人に認められたい

・人にわかってもらいたい

・人に選ばれたい

・人に自分の正誤を決めてもらいたい

 

というものです。

 

 

この中の優等生側と劣等生側に分かれます。

 

「幸せにしてもらいたい」というものが強ければ、

優等生側は「幸せを見せつけたい」となります。

劣等生側は、「自分はない、選ばれない、見せつけられて恨む」

となり、コードを繋ぐなどが起こります。

 

 

要は、振り子の両端に振り切るキツイ状態、

それを繰り返す状態から抜けることが必須であり、

振り子をブンブン振りまくるのではなく、

中間である中庸(ちゅうよう)になることが

この悩みから脱するということになるわけです。

 

 

そのためには、相手の言動、攻撃パターンから見ていくことで、

何を手放すべきかがわかってきます。

 

 

「人に選ばれたい」「人に幸せにしてもらいたい」という人の場合、

「自分でやる、自分で決める」が徹底的にないことに気が付きません。

 

「人の評価で気分がアップダウンする」ということが頻繁に起こります。

選ばれる人になるために、評価を気にして人目を気にしてしまうわけです。

 

 

人目を気にしているところに、ここぞとばかりに嫌味を言う人、コードを繋ぐ人もまた同じく「人に選ばれたい、幸せにしてもらいたい」という共鳴の人になるんです。

 

この人が優越感を感じたくて、人を蹴落としたり、嫌なことを言って優越感に浸るんです。

 

 

 

この無限ループから抜けるには、これらの現象を見つめて気づく必要があるんですね。

なので気づくまで何度も同じようなことが人を変え、場所を変えても起こるんです。

 

 

こんなことは馬鹿らしい。

「自分で決めよう、人に評価をしてもらわずとも、自分がいいと思うものを出していこう」となった時、このループから抜けることになります。

 

 

これを知らせるためのものなんです。

なので善人も悪人もない。

 

 

何を手放すかを見極められるように、それまで同じことが起こるんです。

 

 

まるで学校の追試です。

 

 

ちなみに攻撃する側は、攻撃している時点では奪っているので、一時的に優越感を味わい、勝った気になれます。

なのでコードでいうところの、何度もコードを繋ぎ、エネルギーを吸い上げて、その場しのぎの麻薬のようなもの。

 

 

攻撃される側に立つことが多いアゲの場合、なんとしてもここから抜け出さないといけない!と思うことから、必死になって勉強し、いつか本当の答えを見つけ、先に進んでいくケースが多いです。

 

 

ちなみにアゲの場合、魂を汚したくないという本能的な思いが強いので、攻撃は悪、反撃も悪になる、と思っている人が多いことから、同じことを繰り返しているケースも多い気がします。

 

 

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さて、先日電話セッションを受けていただいたFさまより、感想をいただきました。

 

 

この度はありがとうございました。
複雑に絡まりあっていて、形もないようなことを的確に分析、言語化してくださって、本当に驚きました。
特に漆黒の烙印というものをとっていただいてよかったです。苦しかったこだわりのようなものに邪魔されていた自分の核?というか本当の自分と繋がれたような感覚があります。魂に直接効いてる、という感じのセッションでした。
 また、今まで苦しかったことも魂が経験したがっていた、というのがすごく腑に落ちました。入れていただいたいい感情、いい状態の自分にもっと近づいていけそうというか、根っこは繋がれた感じがします。
 これからも頑張って前に進んでいきます。また機会があると思うのでその時はよろしくお願いいたします。
 この度は本当にありがとうございました。

 

 

Fさま、感想掲載を承諾していただき、ありがとうございます。

 

 

 

 

ちなみに今回の感想で出てきた「漆黒の烙印」とは、最近見つけたものです。

 

【漆黒の烙印】

 

◼️漆黒の烙印とは:

 

この烙印を入れる側が「怖い」と感じているものを、相手に入れ込むというものです。

 

全てではありませんが、これを入れられることで「いわく付きの人」に見られてしまうことがあります。

 

ここでの「漆黒」とは、烙印を入れる人の心の中にあるドロドロとしたものを示し、イメージでは真っ黒なものなので「漆黒」という名前を入れております。

(名前が厨二病っぽくてかなり悩みましたが・・・🫣(笑)この名前以外ないようです。)

 

◼️烙印を入れられた側の感覚:

 

・烙印を入れられた人は「重たい」と感じるようになります。

 

・明るくて軽やかな人(アゲ)であった場合、その重たいものが自分

の中にあることに絶望し、劣等感を抱くことがあります。

 

・「自分なんてダメだ」と思うようになることもあります。

 

・挙動不審になったり体力も奪われることがあります。

 

◼️「漆黒の烙印」に似たコード:

 

「自分の負債を押し付けるコード」に似ていますが、それよりももっと大きくて、影響も強いです。

 

「格下の烙印」にも似ておりますが、「格下の烙印」は相手の社会的な「位置づけ」や「価値」を自分よりも下にすることで、優越感を得たり、支配関係を築いたりすることを目的としますが、「漆黒の烙印」は「闇」を植え付けて相手に精神的な苦痛と自己否定を促すものとなります。

 

 

 

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 少し前になりますが、ニセコに行ってきました。


羊蹄山です。

笠雲と左上の雲が特徴的でした。


よーく見たら、クチバシなど顔に見える。

時間が経つとともに、ゆっくりと羊蹄山に雲が近づき、一つになってました。


ニセコに行く途中の京極にて。

水がとても美味しくて持ち帰りました。