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日記帳とペンと内なる天使    

メンタルヘルスコンサルタントの弘恵です。

札幌と東京の二拠点で活動しており、日常での気づきや体験などを綴らせていただいております。

アゲ女性に案外多いのは、人と同じでありたくない、というものです。例えば、みんながいいというものは意図的に避けますし、自分は特別だと思いたいということになります。私もそういうところありますね。

 

 

子供の頃から何となく自分は特別だと思っていて、なのに、失礼な態度や嫌なことをされると、余計に傷つくのです。

 

 

ここから色々拗れるなどをして、本当はこだわりもあるしプライドは高いのに、誰かに必要とされたい。でも、事実上失礼な人とは性格が合わないので(波動が違いすぎるから)受け入れてもらえないため、こちらが折れてしまうのです。

 

 

そんな感じで、本当はこうしたい、ああなりたい、という希望があるにもかかわらず、周りに合わせて、周りが満足いくようにして、必要な存在だと思われるように頑張り、次に自分がみんなに感謝されたり、仲良くしてくれるという関係性になれたらいいな・・・と思っているのに、実際にはとんでもない目に遭わされたり、嫌なものを押し付けられたり、大変で難しいことはこちらにさせるけど、そのお礼も恩恵もない、という状況になっているアゲさんが多いのです。

 

 

これが100%真実というわけではないという前置きをおいて言うと、問題点はまず、自分の「〜〜してほしい」という希望を我慢して、相手を優先したということが原因となります。なぜなら法則として、「自分自身への対応=人からの対応」となるからです。

 

 

まず自分を優先しなくてはならないのに、グッと我慢をして、相手を優先する。そのうち相手の要求も態度も大きくなっていくのです。孤独感がすごい時は、頼られたというだけでも結構嬉しかったりするもので、とんでもない案件や量を押し付けられます。挙句成果を横取りされたり、なかったことにされることもあります。

 

 

自分を最優先していないと、失礼なことをしてくる人を優先し、そのお返しを期待してずっと待ってしまう。待って待って、さらに嫌なものを押し付けられ、ほんのちょっとのお返しでも喜んでしまい、さらにもっと奉仕をする。

 

 

気がつくと、自分ばかりが相手に奉仕をしてしまっている。同時に、ものすごく相手に期待もするのです。ここまでくると、それらの期待を全部捨てて、自分を優先して生きる、を実践するとなると、心のどこかに「何もされずに損をしたまま」という思いや「期待していたかった」というものが残り続けるのです。「期待して待つ」という姿がデフォルトになります。

 

 

ここにあるのは「過度な期待」です。相手が「今までごめんね、今までたくさんしてくれたから、返すね!」としてくれるのを待っているのです。

 

 

でもよくよく考えてみると、もし自分が逆の立場なら、相手に対して面倒臭いものを押し付けたり、利用して蔑むような真似をするのでしょうか!?・・・しないですよね??

 

 

この場合、何と比較をするのがいいかというと、一般常識ではなく、自分だったらどうするか、と比べたらいいのです。


 

「自己価値の低さ」が引き寄せる優劣の振り子

 

人を蔑んで利用して、その人がホイホイといいことをしてくれるのを笑いながら、喜んでいる輩は一定数います。このような人の場合、向上心よりも、人の足を引っ張るとか、みんなに追いつくために上を利用する、という考えになりがちです。

では、なぜこのような人を利用するような人と、お人好しの散々利用される人が接点を持つのかというと、共鳴する部分は「自己価値の低さ」です。

 

 

この「自己価値の低さ」という共通点を持つ二人は、まるで優劣の振り子の両端にいるような関係になります。

 

優等生タイプ(利用されるお人好し側)は、「頑張るから認めてほしい」という思いから、自分を削ってでも尽くし、見返りとして感謝や承認を期待します。

 

一方、劣等生タイプ(蔑んで利用する側)は、心の奥底で「自分は劣っている」と感じているため、相手を利用したり引きずり下ろしたりすることで優位に立とうとします。相手を認めることは、自分の劣等感を刺激することになるため、絶対に相手を認めようとはしません。

このように、同じ「自己価値の低さ」という磁石に引き寄せられた二人は、優劣の振り子のようにバランスを取り合い、お互いの関係性を保ち続けてしまうのです。

 

なのでここで手放すべきものは「人に認めてもらうこと、自己価値は人に認めてもらってナンボという考え方」となります。

 


 

人を蔑み利用する人間は、本当は自信がない。できるフリはしているけれど実は人並みにできないと思っています。だから、孤独そうな人を見つけては、頼ったふりをして、仲間に入れるそぶりをしながらも蔑み、お人好しの人に面倒臭いことをさせるのです。

 

 

そして、このお人好しの人に何かいいことが起きそうな気配をしたら、そっと邪魔をして潰すのです。常に自分よりも劣った存在にさせるために。

 

 

自分はこれ以上伸びないことを知っているので、人が堕ちていくさまをみるのが愉快でたまらないのです。ゴシップで盛り上がっている人と同じ感じでしょう。

 

 

では、利用されるお人好しの人は、というと、先ほども書いたように、自己価値が低いのです。自分を優先するよりも、人に認められて好かれたいが為に自分よりも相手を優先するのです。

 

 

結果、嫌な思いをさせられたり、他の人といい感じになったり、いい思いをしそうになると邪魔をされ、結局その人の側には意地悪な人しかいないということになるというケースが多いです。

 

 

例えば、このお人好しの人のところに、損得関係なくすごくいい人が来たとします。その人のことを真剣に考えて優しく、一生懸命に悩みを考えてくれる人です。

 

 

致命的に自己価値が低い場合、この人を邪険に扱うということがあります。優先順位を完全に間違えてしまうのです。自分に対して真剣に接してくれて、そして心から優しい人を邪険に扱うのは、「たいしたことのない自分」によくする人=自分よりもたいしたことはない人、ということになります。

 

 

もしかすると、人を蔑み利用する人もこれなのかもしれないですね。

自分のことを真剣に接してくれて、優しくしてくれる人が現れた時、今までの自分自身への扱いに気がついて、素直にこの人に対してありがたいと思えるか。または、今までの人間関係は間違っていたとして、今後は自分を大切にするとし、間違った人間関係をやめることができるか、というある意味ジャッジの時なのです。

 

 

自己価値が高い人は、自己価値が高い人と仲良くなります。自分も周囲も大切にするのです。ここに、人を蔑み利用する人が来ると、すぐにわかります。明らかに波動が違うからです。

 

 

そして、人を蔑み利用する人は、そもそも自己価値が高い人を嫌います。なぜなら、多大に劣等感が刺激されるからです。人に悪態をつかれ、利用されて、蔑まれとき、それをNOと言える人間になるために、今の自分がどうあるべきか。

 

 

ここに気がついてくると、この人から静かに距離を置く(黙って消える)をするということになります。黙って消えられた方は、なぜか恨むんですけどね。「ひどい!!」って。今までの失礼さを考えたら当たり前だろう、って思うんですけど、それらも「全て許されてなかったこと」になっているんですよね。びっくりでしょ?蔑む人のそばにい続ける=許されているから、という考え方なのです。

 

 

まぁこのような人に、「あなたのここが嫌だったから私は離れます」って言ったとしても、相手は納得する人ではないですし、余計に恨みを買いますね。それがわかるから黙って離れるのです。「あ、無理だ」と思うからです。

 

 

こうして、自己価値が低いままだと、せっかく手を差し伸べてくれる真っ当な優しい人を手放してしまい、また蔑むような人の元で利用されるという日々が続いてしまうのです。せっかくまともなことを言ってくれる、優しい人、手を差し伸べてくれる人がいても、自分のことなんかを好きな「自分よりも下の人」という感じなので、雑な扱いをするわけです。

だから鏡なのです。

 

 

自分自身を大切にする利口な人は、これを知ったらさっと離れます。いい関係性をいろんな人と築きたいから、より自分を磨き、自分を愛し、自分の好きなことをして、まずは自分を豊かにするのです。そして、自分に丁寧に接してくれる人と付き合うようにしていくと、その人に感化されて波動が上がり、雰囲気が変わっていきます。こうして本物の素敵な人間関係が形成されていきます。

 

 

ここまでくると、雰囲気が違います。波動が全然変わります。そして人を馬鹿にして蔑むような劣等感の強い人は近寄れません。

 

 

こんな感じで、いつだって別れ道があるのです。誰かと一緒じゃないと怖い自分から、自分を愛し、自分で満たされるような人になることはいつだって出来ます。

 

 

このブログを読んで、「もしかして、自分のことかも…」と感じた方がいるかもしれません。

 

 

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最後に、お客様からいただいた、電話セッション後の気づきを一つご紹介します。ここに書かれていることは、きっと多くの人の心にも響くはずです。

*今回の記事の内容とは関係ありません

 


<以下、セッション後のご感想です>

 

まず、

私自身も他人に対して“悪魔”のような感情を持つ時がある。

例えば「あいつ辞めてしまえ」など(、、、ひどいですよね)。

ということを「抵抗なく」反省できるようになりました。

 

今までは、心に湧いてきても「こんな汚い感情は無かった事に」と

眼をつむって見ないようにしていた。

 

今回、この自分の「悪魔の心」をしっかり見つめる事にしました。

 

まず、「なぜあいつが辞めればよいと思うのか」と自分に問います。

すると、「あいつはいつも勝手に競り合ってきてめんどくさい」と自分が回答。

そして、「それ相手にする必要ある?」ともう一人の自分。

「そういえばそうだ」と自分。

そして結論「あいつが辞めようが残ろうが私には関係ないよね」

 

「あいつ」はただそこに「あいつ」として存在しているだけなのだ、と。

 

そして「お互い様」なのかもしれないとしみじみ思っています。

 

私にとっては他人と折り合っていくために、必要な考え方のプロセスかもしれません。

 

以上、今回のセッションで何点かあった「気づき」の一つです。

 

私にとって収穫の多いセッションをありがとうございました。

 


 

Kさま。素晴らしい気づきを、本当にありがとうございます!✨

自分の心と向き合うことは、時に苦しい作業です。ですが、こうして一つ一つ丁寧に感情を紐解いていくことで、新しい一歩を踏み出すことができます。

 

このブログが、読み人の心の声に耳を傾けるきっかけになれば嬉しいです。

 

 




お盆ですねー。

札幌も暑いです。

ウチが熱が籠っているのか??


昨日子どもが帰ってきて、見るたびに大人びて社会人になってる。

わたしが毎月東京に行くことが多いから、たまに子どもが早速に帰ってくるとなんか緊張しますね。

いつも1人で満喫してるので、不思議な感じ。


子どもの変化って楽しいですね。

今は楽しい真っ盛りだろうし。

お金も時間も責任もあって、大人として振る舞う我が子。

子育て間違えてなかったなー!なんて自画自賛。

あれ?そういえば手土産なかったぞ?笑笑


私も昔は「実家に行くのに気を遣って手土産なんて!」って思ってたな笑

こりゃあ私の血だな笑笑


帰ってきてリラックスしてくれたら良いのよ。


昨夜はジンギスカンを食べたよ。

フライパンに長沼ジンギスカンと玉ねぎとうどんとモヤシとニラを入れて蓋をして煮込み焼き。

こんなやり方私だけかと思ったら、これがこっちの自宅でのジンギスカンの食べ方みたい。

鉄板じゃないから周りも空気も汚れないし、良いのよね。


これをご飯と一緒に食べるのが美味いのよ。

翌朝も残ったジンギスカンとご飯を食べるの。

うどんはマストです。





先日の満月。

この満月の日に、ベランダで足湯してぼーっとしてました、

なんかその隙に、ゲジがリビングに入り込んで、あれから毎晩22:00には何処からともなくリビングや壁に登場して、明らかに私を意識してます。いつも目線の先にいる気がする。


寝室にいると壁よじ登ってくるし、今朝は早起きしたんだけど、ヨガマットに座ってる私の膝の下に入り込んで休んでるの。

鳥みたいに、たくさんある足を口で丁寧に手入れしてて。

流石に踏んづけそうだから離すんだけど、それでも何度もやってくる。


もう可愛いんだよねー。

ぱっと見、つけまつ毛が移動してるみたいなんだけど、だからゲジの名前は「ツケマ」にした。


ベランダで蜘蛛が産卵したものが網戸を潜り抜けて家の中に潜伏してるみたいだから、ツケマはお掃除隊長になってます。益虫だからね。


最近はカラスとか虫とか、仲良しになること多いなぁ。

毎日楽しいわ笑笑